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山本弘さん ニセ科学を10倍楽しむ本《山本弘のSF秘密基地BLOGで話題に(続)》 [サイト紹介]

前回の続きです。
【6/25追記】このエントリーに山本さんから反論があったので、再反論を掲載しました。また、私のコメントも掲載されました。
【6/29追記】このエントリーの直前にある6/13付けのエントリーの内容が、なぜか山本さんに全く無視されていることに気が付きました。意図的なものなのか、単純ミスなのかはわかりません。
さて、6/12の山本さんは「笑った笑った」と余裕を持って(?)反論しています。しかし、これとは全く対照的に、6/24では一気にレベルとテンションが落ちて「僕は彼らを説得できたことは一度もない」とあります。
意地悪く考えれば、6/13付けのエントリーは単純な「読み落とし」なんかではなく、都合が悪いので無視した(?)のかもしれませんね。結構この可能性もあるかも…。仮にそうだとすると、6/12と6/24のテンションの違いは簡単に説明できます。思ったより手強い(?)ので、早めに手じまいしたということです。あくまで私の推測に過ぎませんが…。

ニセ科学を10倍楽しむ本 (ちくま文庫)

ニセ科学を10倍楽しむ本 (ちくま文庫)

  • 作者: 山本 弘
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/04/08
  • メディア: 文庫


山本弘のSF秘密基地BLOG
「山本弘が血液型性格判断を否定するのは儒教の影響だったんだよ!」(笑)
[http://hirorin.otaden.jp/e420750.html]

で取り上げられた結果だと思いますが、かなりアクセスが増えました。[るんるん]
まったく山本弘さんには足を向けて寝られません…。
また、否定派の本音がわかって、これまた面白かったです。何というか、ほとんど何もわからずに否定する人も少なくないようで、山本さんの言葉をお借りすると「いやあ、笑った笑った。」[わーい(嬉しい顔)]

聞くところによると、山本弘さんの「と学会」関連のイベントや著書は、以前ほどの人気はないそうで、そのせいもあってなのか、ニセ科学批判に軸足を移しているとのこと。だから、私のような“素人の反論”にも反応せざるを得ないと言うことなのかな? よくわかりませんが、以前のような余裕がないように見えるのは私の気のせいなんでしょうか?

そういえば、彼のブログにコメントを書いたのですが、全くなしのつぶてです。たかが“素人の反論”なら、掲載して笑い飛ばしても全然問題ないはずですよね。過去には相当批判的なコメントも掲載されているので、相当神経質になっているのでしょうか?

さて、さすが有名な山本弘さんだけあって、はてブに私に対するコメントが80件ほど掲載されました。書いてある内容はおそらく「本音」なんでしょうが、そのほとんどは内容も知らないで否定しているようで、「いやあ、笑った笑った。」[わーい(嬉しい顔)]
[http://b.hatena.ne.jp/entry/hirorin.otaden.jp/e420750.html]

まずは、儒教のごくごく初歩的な解説から行きましょう。
一言で儒教と言ってもいろいろあり、孔子と朱子でその思想は大きく違います。例えば、孔子は『論語』では「怪力乱神を語らず」なのですが、朱子学のバイブル『近思録』は「宇宙論」[満月]から始まるので、そういう意味では“怪力乱神を語って”います。次に「近思録」冒頭の有名な一節を紹介しましょう…
無極にして太極(混沌たる根元)。太極が動いて陽(分化発動する働き)を生ず。動が極まって静なり。静にして陰(統一含蓄する働き)を生ず。静が極まってまた動。一動一静、互いに其の根と為って、分かれて陰、分かれて陽、両儀立つ。陽が変じて陰が合して、水火木金土を生ず。五気(水火木金土)が順に動いて四時(四季)が行われる。[wikipediaより]

また、ublftboさんの感想も面白いです。 「まさかここまでトンデモだとは思わなかった。」とありますが、面白いことに山本弘さんの間違いを実質的に認めてしまっているのです!
なぜなら、自身のブログに「現時点における評価は、評価:ABO式血液型と性格の関連は弱い」とあるからです。[http://d.hatena.ne.jp/ublftbo/20150202]
ところが、山本弘さんは、今回のブログ記事の最後で「将来、血液型と性格の間に何らかの関係があると証明されたとしても」とありますから、現時点では何も関連性は認めていないのですね。支持者にも否定されているということで「いやあ、笑った笑った。」[わーい(嬉しい顔)]

では、なぜublftboさんはそういう態度を取るかというと、これは明確に論語[本]にあるのですね。
『論語』の子路篇に出てくる話に、「葉公、孔子に語りて曰く、吾が党に躬(み)を直(なおう)する者有り。その父、羊を攘(ぬす)みて、子これを証(あらわせ)り。孔子曰く、吾が党の直き者は是に異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きことその中に在りと」――葉公[注:中国の王様])は、父が羊を盗んだことをその子供が証言したといって褒める、それに対して孔子は、父が羊を盗めば、子供はそれを隠すのが正直というものだ、と応える。[山本七平ライブラリー1 『空気の研究』 空気の思想史――自著を語る p350]
「ABO式血液型と性格の関連は弱い」ことが確認されているのは、否定派のublftboさんさえ認める事実です。躬(み)を直(なおう)するニセ科学批判者であるublftboさんは、あえて事実を事実として呈示することはせず、山本弘さんのために隠しているように見えます。まさに、孔子の言うとおりで「ニセ科学批判者の直き者は是に異なり。山本さんはublftboさんの為に隠し、ublftboさんは山本さんの為に隠す。直きことその中に在り」ということなのでしょうね、たぶん。

shinzorさんは『最近ABO FANさんは、「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」でご活躍。超有名人なので、扱い方をみなさん心得ていらっしゃる。』とありますが、お陰様で次のとおり、だいぶ扱いを良くしていただいていますので、参考までにこの場を借りて報告します。
>さて、能見正比古氏の著作を読めばわかりますが、自己報告による血液型の性格の違いは、10%程度というのが平均的なケースです。これはどういうことかというと、ある質問に対して×型の55%が「はい」と答えたら、他の血液型は(それより10%少ない)45%が「はい」と答える、といったイメージになります(思ったより差が小さいと感じるかもしれません…)。
――なるほど。以前よりは少し様子がつかめた気がします。ただ、一点だけ質問なのですが…
>さて、能見正比古氏の著作を読めばわかりますが、自己報告による血液型の性格の違いは、10%程度というのが平均的なケースです。
>――この記述のデータ、つまり、能見氏のどの著作のどの部分にこの文脈に相当するデータが記述されているのかご提示願えますか?具体/的なページなどもお教えいただければ幸いです。

――いくらでもあるので、一例を挙げると、
血液型人間学 p38 ※単位は%…以下同じ
精神的神経的疲れのいやし方(男子)
ハ あき地、川岸、公園、屋上など人けのない場所で時間をすごす O:A:B:AB=11.9:17.3:6.1:16.0
ニ 犬猫、小鳥、人形などペット相手 O:A:B:AB=37.9:30.5:39.7:30.1
心理学者のデータでもいくらでもあります。例えば、
①詫摩武俊・松井豊(1985) 血液型ステレオタイプについて
1.ものごとのけじめや白黒をはっきりつける O:A:B:AB=55.5:53.3:47.1:55.9
②松井豊(1991)血液型による性格の相違に関する統計的検討
6.ものごとにけじめをつける(4年分の単純平均) O:A:B:AB=38.9:39.7:36.1:41.0
→①②http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/intro.htm
③詫摩武俊・松井豊(1985) 血液型ステレオタイプについて
4.ルールや慣習や秩序を重視する O:A:B:AB=57.7:54.7:50.7:41.2
④松井豊(1991)血液型による性格の相違に関する統計的検討
4.ものごとにこだわらない(4年分の単純平均) O:A:B:AB=36.7:32.9:39.3:38.3
⑤大村政政男(1985)「血の商人」の餌食になるなデタラメぶりは立証された 朝日ジャーナル
5.仲間内では開放的 O:A:B:AB=82.6:75.5:79.8:68.9
→③④⑤http//www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/mystery.htm
といったところです。

また、deztecjp さんの感想も興味深いですね。本人は出生地は選べないが、それなら血液型だけではなく、県民性も差別ではないかと…。私はそこまで深く考えませんでしたが…そうなのかな?

ところで、山本弘さんの態度で少々気になるのが、人間は「事実の前に平等」だといった意識がないように見えることです。もし「平等意識」があるとするなら、私のコメントぐらい掲載しても全然問題ないはずですよね。しかし、私のコメント送信後にtwitterでの発言はあるのですが、一向にコメントが掲載される様子はありません…。

もっとも、これも朱子学で十分説明できるはずです。[ひらめき]

朱子学のバイブルである『近思録』では、何かを分析することは「格物究(窮)理」と言います(なので昔は「物理学」は「究理学」と言いました)。もっとも、「格物究理」は科学的手法とは似て非なるものです。
これに関しては、朱子学に傾倒していた王陽明の有名な話が伝わっています。朱子学では、理(道理)は一木一草にまであると言っているので、王陽明は自宅の竹にも理はあるはずだと考え、じっと竹を見つめて竹の理を窮めようとしました。ところが、竹をいくら見つめても竹の理がわからない(当然ですね・笑)。結局、王陽明は病気で寝込んでしまいました、というのがオチです。科学的に考えれば、肉眼でいくら竹を数日観察しても「理」がわかるはずがありませんよね。

私の示した根拠が間違っているというなら、山本さんは何か「反証」を出せばいいはずです。しかし不思議なことに、何か調べたらしい形跡もなく、反論の根拠は20年以上も前の論文(!)ばかりでした。なぜなら、これらは科学的な反論ではなく「格物究理」による反論だからでしょう。
また、朱子学には「大義名分論」なるものもあります。ごく簡単に言えば、君臣、長幼、華夷(漢民族と他民族)の別をはっきり付けるということです。事実の前に人間は平等ではなく、山本さんが君・長・華で、私が臣・幼・夷だから“立場が違う”ということになんでしょうか。また、「衛正斥邪」というのもあります。これは、朱子学が唯一正当な学問であり、仏教などの他の宗教は邪教だというものです。

いずれにしても、科学的事実は「唯一の真実」でも「神話」でもないので、山本さんのように朱子学的理解(?)をしていたのでは、ちょっと大変なのではないでしょうか?

よろしければ「血液型人間学批判」の朱子学的理解も読んでみてください。
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2011-02-24]
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コメント 5

ab

>山本弘さんの「と学会」関連のイベントや著書は、以前ほどの人気はないそうで、

去年、と学会自体をやめているんだが。

>ニセ科学批判に軸足を移しているとのこと。

と学会にいたころからやってるが?
by ab (2015-06-29 09:39) 

ABOFAN

コメントありがとうございます。
他の部分は特に反論がないということでよろしいですか?
参考までに、はてブにはこうあります。
sw522 山本弘がニセ科学批判に熱心なのは、作家としての才能が枯れ果てたからでは。…
[http://b.hatena.ne.jp/entry/hirorin.otaden.jp/e420750.html]
by ABOFAN (2015-06-29 22:16) 

ABOFAN

それから、後で書こうと思っていたのですが、6/12と6/24の反論では内容に落差がありすぎです。
6/12では「笑った笑った」と余裕を持って(?)反論しています。しかし、これとは対照的に、6/24では一気にレベルとテンションが落ちて「僕は彼らを説得できたことは一度もない」とあります。いったい何が起きたのかと、思わず山本さんのことを心配してしまいました…もちろん、半分以上は冗談ですが。
また、
>>私の示した根拠が間違っているというなら、山本さんは何か「反証」を出せばいいはずです。しかし不思議なことに、何か調べたらしい形跡もなく、反論の根拠は20年以上も前の論文(!)ばかりでした。
> そう言いつつ、自分が出してるのが1985年から1991年の研究ばかりってどういうこと(笑)。
これも思いっきり読み落としで、2013年の大村政男さんの(統計的に差がある)論文が目に入らなかったのか…。[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-06-13]
山本さんが取り上げたのと別のエントリーということもあるのかな?
もっとも、意地悪く考えれば、単純な「読み落とし」なんかではなく、都合が悪い(?)のでこのエントリーは無視したのかもしれませんね。というか、かなりの可能性だそうだと思っています。
仮にそうだとすると、6/12と6/24のテンションの違いは簡単に説明できます。思ったより手強いので、早めに手じまいしたかったのかもしれません。
abさんはいかがお考えでしょうか?
by ABOFAN (2015-06-29 23:00) 

ab

知らねーよ。
因みに山本は昔から無神論者だと公言してるんで、儒教は関係ないと思うけどね。
本人も「信じてない」って言ってるし。
by ab (2015-06-30 18:42) 

ABOFAN

ご返事ありがとうございます。

ただ、ちょっと不思議に感じるのは、abさんは随分と細かくここの記事を読まれているはずなのに、私の質問になぜか回答がないことです。

なお、山本弘さんは科学を「神話」として信じているのではないでしょうか? これは朱子学でもそうですから、その意味では儒教を信じているということになると思いますよ。
その典型が、
>>つまり、弱いが「関係はある」という結果が出ているのです!
>「相関は、弱いが認められた」という部分を鬼の首でも取ったかのように自慢しているが、もちろん、賢明な読者の方なら、彼がひどい誤読(または歪曲)をしていることがお分かりだろう。
という文章です。私と山本さんが上で紹介している坂元さんの論文の結論に「相関は、弱いが認められた」とあることは事実ですから、これを「科学的」に否定することはできません。事実でないことを信じるのは一種の宗教でしょうから、その意味では彼は“科学”を「神話」として信じているということになるはずですが…。
by ABOFAN (2015-06-30 21:27) 

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