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山本弘さん ニセ科学を10倍楽しむ本《続》 [新刊情報]

【H27.6.13追記】
このエントリーの内容が、山本弘さん自身のブログに取り上げられました!
ちょっとビックリ[るんるん]
山本弘のSF秘密基地BLOG
「山本弘が血液型性格判断を否定するのは儒教の影響だったんだよ!」(笑)
[http://hirorin.otaden.jp/e420750.html]
それに対する私の反論はつぎのとおりです。
山本弘さん ニセ科学を10倍楽しむ本《山本弘のSF秘密基地BLOGで話題に》
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-06-13]
【H27.6.15追記】
はてブの反応について追記
山本弘さん ニセ科学を10倍楽しむ本《山本弘のSF秘密基地BLOGで話題に(続)》
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-06-15]

前回の続きです。


ニセ科学を10倍楽しむ本 (ちくま文庫)

ニセ科学を10倍楽しむ本 (ちくま文庫)

  • 作者: 山本 弘
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/04/08
  • メディア: 文庫


4月19日の日経書評欄で取り上げられていたので読んでみました。
2010年に出版された単行本の文庫版で、各章には文庫版のための追記があります。

で、はっきり言って、血液型批判のところはトンデモです。
彼は、否定の根拠として、心理学者である松井豊さんの研究結果を紹介していて、4年間で1万人のデータでも「差がない」ことが有力な理由としています。しかし、面白いことに、データに「差がある」という真逆の結果が出た(!)論文も読んでいるのです。[パンチ]

200ページには『お茶の水女子大の講師坂元章さんも同じような研究をしていて「血液型と性格には、世間で考えれるほどの関係はなく、人間関係をスムーズにするといった実用的な応用に使える素材ではありません」とコメントしている。』とあります。
さっと読み流してしまうと何も感じませんが、実はこの研究報告には「血液型と性格の自己報告との間の相関は、弱いが認められた」と書かれています。
つまり、弱いが「関係はある」という結果が出ているのです!
更に面白いことに、この差が出た坂元さんのデータは基本的に松井さんと同じもので、4年で1万人のデータを11年で3万人に増やしたものなのです。
1万人のサンプルを分析して差が出なかったものが、3万人に増やして差が出たとするなら、普通は「差がある」と言うしかないでしょう?
#同じデータなら、サンプルが多い方が信用できますからね。

しかし、山本さんは、
1) 坂元章さんのサンプルは3万人であり、松井豊さんの1万人の3倍である
2) 坂元章さんは「差が出る」と言っている
といった事実は全く無視するといった、意図的な“隠蔽工作”をしているのです。
これまた2015年4月の「RikaTan」の記事のパターンと同じで、極論すれば“捏造”と言ってもいいでしょう。
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2015-03-08]

ではなぜ、ここまで事実をねじ曲げても“血液型性格判断”を否定する必要があるのか?
その理由は、いくら科学で分析してもわかりません。
納得できる理由が見当たらず、超不思議だったのですが、最近になってやっと気が付きました。
それは、儒教の影響だったのです!

もっとも、儒教にもいろいろな学派があります。
多くの日本人の行動規範となっているのは、現在放送中のNHK大河ドラマ[TV]で吉田松陰が信奉している「陽明学」です。

ここでは、池田信夫さんの解説がわかりやすいので引用しておきましょう。
日本に輸入された官学は朱子学だったが、大きな影響を与えたのは陽明学だった。そのコアは「心即理」すなわち純粋な動機による行動は正しいという原理だ。これが日本に古事記からみられるキヨキココロの倫理と一致するのは、おそらく人類に普遍的な利他的感情を刺激するからだろう。
[http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51904631.html]
山本弘さんは、純粋な動機から「科学」を信奉しているわけで、キヨキココロを持っていると自己規定しています(私も彼の“善意”自体は否定しません)。だから、「心即理」すなわち純粋な動機によるニセ科学批判の行動――ここでは「血液型性格診」の否定――は絶対善で正しいということなのです。

逆に、「血液型性格診」を信じているような疑似科学人間は“ケガレ”に汚染されており、「差別的」で「絶対悪」なのだとなります。(笑…いや、本当は笑えないのですが)
ということなので、統計が…なんてことはゴチャゴチャ言わないで、さっさと自分の間違いを認めるべきだ、と上から目線で説教することになるのでしょう。
#統計データなんかは、「純粋な動機」に比べればごくごく些細なことです…。

こう考えると、多くの「ニセ科学批判」の行動原理が驚くほど簡単に(!)説明できます。
「ブラッドタイプ・ハラスメント」を、これでもかこれでもかと“一心不乱”に強調するように感じられるのも、そういう理由だからでしょう。彼(女)らは、“血液型性格判断”を信じているような人間は「穢れ」ており「差別的」で「絶対悪」だということを主張したいのです。極端な話、統計データや科学的な話はどうでもよく、問題なのはあくまでその人間の人格なのだ、ということになります。

我ながら、なぜこんな簡単なことに今まで気が付かなかったのでしょうか…。
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