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血液型と性格の常識(6) [血液型と性格の常識]

前回(5)からの続きです。

いままでは、否定論者の説を散々批判してきました。[パンチ]
それなら、私自身はいったいどう考えているんだ、という質問があったので書いておくことにします。

まず、私のスタンスについて説明しておきましょう。
これは極めて単純で、全てのデータが矛盾なく説明できる、の一言につきます。[ひらめき]
もっとも、単純な原則ほど実際には大変なわけで、だから長々と論争が続いているわけです。
#例えば、株でも先物でも、「安いときに買って高いときに売る」のが原則で、この単純な原則通りに取引できれば誰でもお金持ちになれるはず…ですよね。(笑)

さて、本題に移りましょう。
以下が私の「仮説」です。
単純な原則にもかかわらず、意外に複雑と感じる人が多いのではないでしょうか?[たらーっ(汗)]

1. 現実のデータには一貫して「血液型ステレオタイプ」どおりの統計的な差がある

これは2005年以降は、心理学者の「定説」となってしまったので、特に問題ないでしょう。
なにしろ、日本人のほぼ7割が、血液型と性格に「関係がある」と思っているので、差が出ない方がおかしいのです!
詳しくは、(1)(2)を読んでみてください。

2. この差は「認知の差」であるとともに「本当の差」である

心理学者は、普通はそう考えているはずです。例えば、
 自己報告型の質問紙調査の結果は,通常「その人の性格そのもの」を表わすと受け取られている(「その人の性格」ではなく,あくまで「その人の性格の認知」を表わすというふうにもってまわった考え方は普通しない)。
 こうしたことから考えれば,山崎[坂元]らの研究で得られたA型者とB型者の間の有意差は,少なくとも日本においては「血液型と性格は多少なりとも関係がある」という証拠として受けとってしまってもよいことになってしまうのではないだろうか。(白佐俊憲・井口拓自さん[どちらも心理学者]『血液型性格研究入門』p 200)
ただし、nさんのように、「本当の差」ではないという人もいますし、多くの否定論者の心理学者は、この点は曖昧にしています。
しかし、仮に、質問紙法(アンケート)による調査結果が「本当の性格」でないとすると、その人は常習的なウソツキか、自分の性格を正確に判断できてない…ということです。となると、さっき書いたように、だいたい日本人の7割は血液型と性格が「関係ある」と考えていますから、日本人の7割の性格検査は信用できないことになります。
が、これまた、こんな質問は「タブー」のようで、疑問を持ってはダメらしいです。[がく~(落胆した顔)]

3. ただし、統計的誤差や時代による変化も無視できないので、現実の統計データで検証できるのは、安定して(割と大きな)差が出る「コアな特性」「有名な特性」のみとなる

現実の統計データは、能見正比古さんの『血液型人間学』にあるように、せいぜいアンケートの回答率が血液型によって10~20%違うといったものです。この差を検出するには、普通のアンケートでは数百人程度のサンプルが必要です。しかも、差が半分になれば、その差を検出するためのサンプル数は4倍(=差の逆数の2乗)必要になります。更に、時代やサンプルによって微妙に違う特性だとすると、現実的な話としては「コアな特性」「有名な特性」ぐらいで妥協するしかありません。

また、

4. 否定論者のいう意味での「思い込み」は存在しない
5. しかし、「関係がある」(全体の約7割)と思う人が血液型別の性格の差に気付くことによって、見かけ上の(回答率の)差は大きくなる(「関係がない」と思う人の数倍?)
6. 従って、そういう意味なら「思い込み」は存在する


ということになります。実際のデータで検証してみましょう。[サーチ(調べる)]
「有名な特性」で「血液型ステレオタイプ」の「高受容群」と「低受容群」のデータです。
気分にムラがあって、ともすると2重人格のように見えることがある(AB型)
「高受容群」の差 0.79 「低受容群」の差 0.25
マイペース型で、周囲の影響を受けにくい(B型)
「高受容群」の差 0.64 「低受容群」の差 0.10
出典:山岡重行 ダメな大人にならないための心理学
※差は各血液型の割合を考慮した加重平均
そして、

7. 多くの場合「血液型ステレオタイプ」は、それぞれの血液型について「コアな特性」が存在し、それを中心に全体の内容が形成されている
8. 従って、テレビや血液型本にどうあろうが、大半は「コアな特性」と関連した特性を選択する

各血液型のイメージ(自由回答 N=197)
A型 几帳面(111)/神経質(77)/真面目(54)
O型 おおらか(90)/大ざっぱ(25)/おっとり(16)
B型 明るい(38)/マイペース(33)/個性的(23)/いい加減(17)/わがまま(12)/自己中心的(11)/楽天的(10)/面白い(1)
AB型 二重人格(77)二面性がある(64)変わり者(13)よく分からない(12)
出典:現代のエスプリ 血液型と性格(1994年)

上のイメージを見ればわかるとおり、山岡/渡邊さんのいう「血液型ステレオタイプ」が、28項目も存在するはずがありません。そもそも、血液型をよく知っているのは、せいぜい日本人全体の1~2割ですから、普通の人が28項目も覚えているはずがないのです。血液型本[本]ならともかく、テレビで山岡/渡邊さんのいう28項目を全部やっているかというと、実際の番組を見るとわかりますが、全然やってません。[わーい(嬉しい顔)]
従って、2004年にテレビ番組[TV]が何十本放映されようが、多少の影響はあったでしょうが、到底「思い込み」や「血液型ステレオタイプ」でデータの差の全てを説明できるはずがないのです。放送してない内容なら回答に影響を与えようがありませんからね。

ですので、これらの差を一番うまく説明できるのは、上のイメージや(4)に書いたように、
現在の[血液型]ステレオタイプは、「もはや能見や古川のもの[注:現在の血液型本のネタ本]とは離れ、それぞれの血液型について核になる特性が存在し、それを中心に全体の内容が形成されている」ことになり、それは『A型が「内向的で協調的」、B型が「外向的で非協調的」、O型が「外向的で協調的」、AB型が「内向的で非協調的」とイメージされている』です。
[http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/labo.htm]
従って、大体このとおり差が出ていることになります。また、「低受容群」で差が小さいのは、そもそも血液型に興味がないからで、「アンケート」で差が小さくとも不思議はありません。おそらく、「低受容群」は、性格にもあまり興味がないのではないかと思います。というのは、血液型と同じように、県民性では5割、男女差でも2割が、そんなものは存在しない(差が小さい)と言っているからです。
[http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/realdiff.htm]

こう考えると、前回(5)に書いた下のグラフも、うまく説明できることになります。
※「その特性を知っている割合」がマイナスなのは、"間違った特性"に差が出ていることを示す。

yori-nabe2.png

上のグラフでは、次の6つの項目が「その特性を知っている割合」がマイナスで、“不適切”であることに気が付きます。
1. 内向的で、問題を自分の中だけで解決する A型の質問→AB型の数値が高い
2. 人情もろい B型の質問→O型の数値が高い
3. 友人関係が広く、気さくで社交性がある B型の質問→O型の数値が高い
4. 飽きっぽい AB型の質問→B型の数値が高い
5. ものの言い方や表現法はもちろん、欲望の表し方もストレートである O型の質問→B型の数値が高い
6. 個人主義的で、ともすれば自己中心的になってしまう O型の質問→B型の数値が高い
確かに、実際の数値が高い血液型の方が正しいようです。
#例えば、「自己チュウ」は、「あるある」にB型の特徴として出てきています。
おそらく、渡邊さんの質問項目の選択が“不適切”だったのでしょう。
ということで、“血液型ステレオタイプ”と違う別の特性に明確な差が出ても全然問題ないのです。

9. なお「コアな特性」以外は人により認識がかなり異なる(通常は共通に認識しているのは半分以下)

これは、渡邊席子さんがこう書いています。
個人が持っている信念の内容のうち、通説と一致しているのは約4~5割であり、残りの5~6割は通説とは異なった内容で構成されていることが示されている。
[http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/watanabe.htm]
といったところでしょうか。

閑話休題。

血液型と性格のパイオニアである能見正比古さんが、血液型に興味を持ったのが旧制中学[現:高校]のころだったそうですが、その後20年ほど特に進展はしなかったそうです。理由はというと…。
 最大の原因は、従来の常識的性格観に、とらわれすぎたせいである。人々はすぐ性格に類型をつくりたがる。私も、O型はこれこれのタイプ……という決め方をしようと焦っていた。そんな類型をつくり得るほど、性格の本質は、とらえられていないのである。さらに日常に使われる性格用語を、それぞれの血液型にあてはめようとしては、失敗した。性格をあらわす言葉と思われているのは、じつは、表面に出た見た目の行動の断片をいうにすぎないものが多い。見た目が静かだったり考えこんだりしていろと内向的、大声で笑ったり騒いだりすると、外向的だなどという、大ざっぱなものが多いのだ。昼寝をしている姿を見て、ライオンは、おとなしい性格というようなものである。…
 従来の性格観の大きな誤りは、性格を固定的な言葉で規定できると考えてきたことだ。事実は、性格は状況によって変わるし、時間的にも年齢差でも、大きく変化を見せるものである。もしそれを集約的に表現できるとすれば、1、2の単語で表わすものではなく、関数表現ということになろう。
出典:能見正比古 O型は人間は権力志向型なんだって-血液型性格学 別冊宝島6『性格の本』1977年
では、なぜその後に急速に研究が進んだかというと、既成概念に無理にあてはめず、事実を「そのまま」理解するようにした、とのことでした。なるほど、と感心したことを覚えています。

さて、パーソナリティ心理学をちょっとかじればわかりますが、心理学でいう性格とは、基本的に質問紙法(=性格を現す言葉)を統計処理したものです。しかし、残念なことですが、「血液型と性格」は、このパーソナリティ心理学の手法で解明できるほど単純なものではありません。一見すると簡単なようで、実は非常に奥深いものなのです。だから、ちょっとした表現の違いで、予想外の差が出たりします。

多くの先達たちのおかげで、統計的な謎は、ちょっとだけ解明できたと思っています。その意味では、パイオニアである能見正比古さんだけではなく、研究報告やデータを使わせていただいた心理学者の方にも心から謝意を表したいと思います。

I seem to have been only like a boy playing on the sea-shore and diverting myself in now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me. (Isaac Newton)
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