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血液型と性格の常識(3) [血液型と性格の常識]

前回(2)からの続きです。

nさんとの議論に刺激されて、ふと思いついたことがあります。[ひらめき]
それは、「思い込み」があるかどうか、直接的に調べる方法です。
仮に「思い込み」があるなら、その性格特性を知っていればいるほど、自分に当てはまっていると回答するはずです。
昔は、残念ながらそんなデータはなかったんですが、実は今ならあるのです!
#もっと早く気が付けば、とっくの昔に議論が終わっていたのですが…。

それにはまず、血液型の性格特性がどの程度知られているか、というデータが必要です。
これにぴったりのデータがあります!

渡邊席子(1994年)血液型ステレオタイプ形成におけるプロトタイプとイグゼンブラの役割 社会心理学研究 第10巻第2号 p.77~86

この論文には「Table 1 個々の知識問題正答率と調査対象者の血液型との関連」があり、サンプルは1992年の北海道大学の学生112名です(男性62名、女性46名、不明4名、有効サンプル102名)。

次に、この血液型ごとの質問に対して、どの程度自分の性格があてはまるかというデータが必要です。

実は、このデータもあります!

山岡重行(2001年)ダメな大人にならないための心理学 p.49-52

この本には「表2-5 血液型性格傾向項目への回答の平均と標準偏差分散分析結果」というデータがあります。質問項目は渡邊席子さんと同じなので、「思い込み」(=その質問が自分の血液型の特性であると知っているか)と、実際の回答率の差(=自分に当てはまるかどうか)が比較できるのです。ただし、サンプルは1999年の大学生1300名(男性475名、女性825名)になりますが、傾向を調べるだけなら十分でしょう。

例えば、B型の「血液型ステレオタイプ高受容群」(=血液型と性格の知識がある)なら、

質問:マイペース型で、周囲の影響は受けにくい F値8.281(p<.001)

とあります(F値が大きいほど差があることになります)。
ここで、渡邊席子さんのTable 1を見てみると、B型の人でこの質問がB型に当てはまると知っている人はB型では60.8%(全体では40.2%)となります。いや、すばらしい!

さて、質問は血液型ごとに7問なので、合計7×4=28問です。
ザックリでも傾向がわかればいいので、有意差が出ない場合はF値をゼロとして、相関係数を計算してみたところ、なんと0.08という低い値でした![手(チョキ)]
要するに、関係ないということです!


下の散布図を見れば一目瞭然で、どう考えても「思い込み」があるとは思えません。
グラフの縦軸のF値は大きいほど差がある、横軸はその質問項目(特性)を知っているかです。
もし、「思い込み」があるなら、その質問項目(特性)を知っているほどF値が大きくなるはずですが、どう見てもそうは思えません。
5割以上が知っている特性でも、差が出てない(差が小さい)ものがゴロゴロしているのです。
#実線はデータの傾向を表しています。
y-watanabe.png

念のため、山岡さんの1999年から2009年までのデータでも計算してみましたが、こちらは相関係数は0.22です。
また、渡邊さんのデータも、本人の血液型だけでなく、全体の102名でも計算してみましたが、1999年は0.02、1999年から2009年まででは、0.21とほぼ同じ傾向でした。

もっとも、

 1. 相関係数が0.2程度なら弱い関係があるかもしれない
 2. 渡邊さんと山岡さんのデータは、サンプルも時期も違うのではないか

という反論があるかもしれません。
しかし、1.は、現実に差があるから(認知度が高く)弱い相関が出ているかもしれませんし、2.は時期やサンプルによって「思い込み」が違うということですから、「思い込み」の定義に反します。
極論として、渡邊さんや山岡さんの質問の選び方がおかしいのでは、という反論もありえますが、いくらなんでも極論すぎるのではないかと思います。

やはり、「思い込み」はない、あるいは、あっても差に影響するほどではない、と考えるのが自然でしょう。

閑話休題。

しかし、この論文は1994年に出ていますから、20年間は眠っていたことになります。
頭のいい彼女なら、私でもわかるようなことを知らないはずがありません…。あ~あ。[もうやだ~(悲しい顔)]

これは私の推測ですが、おそらく彼女はすべてを知っていたのではないでしょうか?
ただ「不都合な真実」を公開するのは、どう考えてもまずいので、ず~っと自分だけの秘密にしておいたのかもしれません(指導教官はどうなのかな?)。
#ひょっとして、彼女のためには、ずっと秘密にしていた方がよかったのかな?[たらーっ(汗)]

そういえば、かなり前に、共通の知り合いを通じて、彼女からこの論文の生データをもらおうとお願いしたのですが、当然のことながらダメと言われてしまいました。[もうやだ~(悲しい顔)]
やはり、私にとっては謎の女性です。

それと、もっと不思議なのは山岡さんです。
彼もすべてを知っていたのかなぁ?
そんな感じは受けませんでしたが…本当はどうなんでしょうか?

閑話休題。

これらの28の質問項目をよく見てみると、なかなか興味深いものがあります。
それは、O型の性格特性とされた「個人主義的でともすれば自己中心的になってしまう」です。
確かに、O型にもそういう傾向はないとは言えないのですが、これはどちらかというとB型的な特性で、実際にB型のスコアが一番高くなっています(10%程度の差で有意差も大きい)。
さて、B型とO型の違いですが、B型の自己中心的は他人をあまり気にせず、積極的というよりは、結果的に個人主義的になります。O型はちょっと違い、周囲との力関係を常に気にすると、生きるための仲間を作りたがります。ただ、O型は、自分と仲間と最終的にどちらを取るかといわれれば圧倒的に自分ですから、最後の瞬間だけ見ればこのとおりです。なので、その「最後の瞬間」だけピンポイントで見ると、確かに他の血液型より「個人主義的でともすれば自己中心的になってしまう」のは間違いないでしょう。
しかし、この質問項目を素直に読むと、残念ながらそういう微妙なニュアンスはほとんど読み取れません。まぁ、質問紙法の限界といっていいかと思います。
ちなみに、関西テレビの「あるある大事典」(2004年4月)の1000人アンケートでは、B型のイメージで「自己チュウ」(自己中心的)が堂々第1位(55%)を獲得したので、まさしくそのとおりの結果になりました。

同じパターンは、「人情もろい」(B型の特性→実はO型のスコアが高い)、「飽きっぽい」(AB型の特性→実はO型のスコアが高い)でも見られます。といった感じで、血液型本の記述そのままのアンケートでも、よく理解してから質問を作らないと、そのとおりの差が出ないということになります。まぁ、血液型に限らず、当たり前と言えば当たり前なのですが…。

やっぱり、現実のデータはそれほど甘くないですね!
私は、なぜ否定派がきちんと調査もせず、いとも簡単にテレビや血液型本の「思い込み」の影響だ、と断言できるのかよくわかりません。やはり、「関係ない」という「思い込み」なんでしょうか?
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コメント 71

n

貴方はここまで

「思い込みが存在するから、山岡氏の論文と同様に過去でも差がでないとおかしい」
「思い込みの有無は不明だが、心理学者は思い込みがないと考えることが普通である」
「思い込みはその定義により、程度はそこそこ異なっていても向きは一定である」
「思い込みはその定義により、向きのみならず程度についても不変なものである」
「思い込みがある有名な特性は"几帳面", "二重人格"の2つ」
「思い込みはそれ自体が存在しないことが証明された」

と、互いに矛盾する主張を立て続けに同時に発しており、しかもどれ1つとしてちゃんと撤回しないため、素直に日本語として解釈しようとしているとツッコミ所が多すぎてどうしようもありません。

一連の文章を読んだ人が解るのは、「ABO FANさんは思い込みの定義とか有無について混乱しているか、自分の意見を実は持っていないか、逃げ道を残すためにわざといろんな事を言っている卑怯者」という事だけでしょう。

それで、

>「山岡氏研究における質問28項目のうち、有名な特質は2個」

とは、「残り26個は有名ではない」という意味ではなかったのですね。

>「思い込み」がある「有名な特性」は、上に書いたとおり(せいぜい)山岡さんの2つだけということになります。

ということですね。しかし、貴方の最新の主張は、ついには「思い込みは殆ど存在しないことが証明された!」に変わったようですから、私に言われて軌道修正した上記発言すら、やはり誤っていたということですか。これが貴方のファイナルアンサーということで良いでしょうか。

また、「思い込みがない」ということであれば、以下の山岡氏の現象をどう説明しますか。

>被調査者を高受容群(795 名)と低受容群(567 名)に分けた。項目ごとに血液型による平均値の差が認められるかどうか、1要因の分散分析を行った。高受容群では11項目で血液型の主効果が認められ、低受容群でも2項目で血液型の主効果が認められた。TV番組高享受群と低享受群に分けて同様の分析を行った。その結果、高享受群では12項目で血液型の主効果が認められたが、低享受群では有意な血液型の主効果が認められた項目はなかった。

初期の貴方が、「これこそが過去あらゆる研究で同様に見いだされないといけない差だ」として意気揚々と提示していた所であり、忘れることも無視することも有り得ないはずの部分です。

当初、貴方は「高受容群と低受容群でこんなに結果に差がある理由」を間違いなく「自己成就効果だ」と認定していましたが、ついに主張が反転してしまったようです。この山岡氏のシンプルな文章を、今の貴方が一体どう解釈しているのか、解説してください。
by n (2013-08-05 03:15) 

ABOFAN


まず、お答えいただきありがとうございます。
ただ、相当感情的になられているようですね。

素直にデータを読めば、何の問題もありません。
つまり、

1. 「○型は××の性格」というのは、個人的な体験に基づく情報で、テレビや血液型本とはあまり関係ない

これは、渡邊席子さんの次の分析とも一致します。
「自分の血液型に当てはまるもの」 と判断した性格特性については、その特性が通説によって本人のものとされているか否かに関係なく、調査対象者はその特性がよりよく自分に当てはまっていると思っていることになる。

2. これを裏付けるように、7割の人が「関係ある」と言っているにもかかわらず、一般的に「○型は××の性格」という正確な知識は7割もない

これは、他の文献でもテレビでも同じ傾向です。

3. 仮に差が山岡さんのいうように「思い込み」の影響だとすると、「思い込み」の程度(その特性を知っている割合)と、統計的な差は相関が高いはずですが、実際は低い

つまり、現実の差は、山岡さんのいう「思い込み」では説明できないので、「本当の差」と考えるしかありません。

> 貴方は「高受容群と低受容群でこんなに結果に差がある理由」を間違いなく「自己成就効果だ」と認定していました

認定してませんよ(笑)。仮に…と書いてありますし、山岡さんによれば…という断り書きがあります。

低受容群で差が小さいのは、あまり人の血液型と性格に興味がないとしか考えられません。しかし、小さ差は出ていますから、高受容群はこれらの差に気づくことによって、見かけ上の差が大きくなるということになります。
by ABOFAN (2013-08-05 07:26) 

ABOFAN

朝に時間がなくて、不十分な回答で申し訳ありませんでした。

> 「思い込みが存在するから、山岡氏の論文と同様に過去でも差がでないとおかしい」
> :
>「思い込みはそれ自体が存在しないことが証明された」
> と、互いに矛盾する主張を立て続けに同時に発しており、

だいぶお疲れのようですね。
nさんがおっしゃるロジックでは、現実のデータをうまく説明できない、ということを単純に示しているだけです。
#まぁ、天動説や古典力学は間違っているよ、というような意味です。

> 一連の文章を読んだ人が解るのは、「ABO FANさんは思い込みの定義とか有無について混乱しているか、自分の意見を実は持っていないか、逃げ道を残すためにわざといろんな事を言っている卑怯者」という事だけでしょう。

相当感情的になっているのか、それともお疲れなんでしょうか?
印象ではなく、反証可能な内容でお願いします。
印象論にはお答えしようがありません。

>>「山岡氏研究における質問28項目のうち、有名な特質は2個」
> とは、「残り26個は有名ではない」という意味ではなかったのですね。

懲りずに新しいエントリーを立てました。
血液型と性格の常識(4)
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-05
でご理解ください。

> 貴方の最新の主張は、ついには「思い込みは殆ど存在しないことが証明された!」に変わったようですから、私に言われて軌道修正した上記発言すら、やはり誤っていたということですか。これが貴方のファイナルアンサーということで良いでしょうか。

単純に、nさんや山岡さんのように、現実の数値の差は「思い込み」(=ステレオタイプ、自己成就)では説明できないという意味です。
もしnさんが説明できるというなら、勉強のためにぜひその説明を聞かせていただきたく。m(._.)m
ひょっとして、初めから説明する気がないのか、あるいはnさんの考えはないということですか?

> また、「思い込みがない」ということであれば、以下の山岡氏の現象をどう説明しますか。
> >被調査者を高受容群(795 名)と低受容群(567 名)に分けた。項目ごとに血液型による平均値の差が認められるかどうか、1要因の分散分析を行った。高受容群では11項目で血液型の主効果が認められ、低受容群でも2項目で血液型の主効果が認められた。TV番組高享受群と低享受群に分けて同様の分析を行った。その結果、高享受群では12項目で血液型の主効果が認められたが、低享受群では有意な血液型の主効果が認められた項目はなかった

繰り返しになりますが、nさんがおっしゃるロジックでは、現実のデータをうまく説明できないと思います。
低受容群で差が小さいのは、そういう人は、あまり人の血液型と性格に興味がないとしか考えられません。
#官能検査ではS字曲線を想定していたはずで、性格の差に気づきにくいのが3割程度という見立てになります。
しかし、小さいながら差は出ていますから、高受容群はこれらの差に気づくことによって、見かけ上の差が大きくなるということになります。
他に、うまい説明があれば、ぜひお願いします。
高受容群の差は、「思い込み」では説明できない根拠は既に示しましたので。
by ABOFAN (2013-08-06 00:12) 

n

私の立場は山岡氏や坂元氏の研究に普通に文章として書いてあることと基本的に同じです。論旨は容易であり私が改めて説明する必要があるとは思えません。既に山岡氏や坂元氏が、「現実のデータ」を素直に見て、十分にうまく解析して説明していると思います。

で、結局のところ、貴方は山岡氏の研究を最初に堂々と提示しつつ、ここまでコテンパンに反論しているわけで、実は彼の意見の本質的な部分については全く賛同していないということでいいでしょうか。他人のブログで自分の意見と正反対の研究をあのような形で堂々と挙げる人を、どうして信頼できるのでしょう。

念のため、彼の研究の本質的結論となる文を(彼の文章を日本語として読める人間なら中学生でも解ることですが)以下に引用しておきます。

>2004年度に放送された大量のTV番組が血液型性格診断の知識を普及させ、それが正しいと信じる人間を増大させたのである。

>血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。

しかして貴方の1.~3.の論理を見たところ、「○型は××の性格というのは、テレビや血液型本とはあまり関係ない」だの「仮に差が山岡さんのいうように「思い込み」の影響だとすると、「思い込み」の程度と、統計的な差は相関が高いはずですが、実際は低い」だの、と、単に山岡氏の対立意見をまったくの余所から持ち出してきて、それで山岡氏の研究を論破したつもりになっているようです。

「貴方の意見が山岡氏とは真逆」ということはよく分かりますが、それでは「貴方が山岡氏の意見を論破した」ことにはなりません。誰に聞いたって、それで「山岡氏のデータを素直に読んだ」とは言いません。「山岡氏の意見と対立する意見を提示した」だけです。

科学において「AとBに差があるか」という疑問があったときに、最も直接的に差があることを示す方法は、「AとBを測定して、差があることを直接示す」ことです。これ以上の方法はありませんし、山岡氏はそれをやっています。「素直にデータを読め」というなら、回りくどい理由づけで解説したつもりにならず、本当に素直にデータを読めば良いのです。

「地球は丸い」という実測データが現に提示されているのに、「いや地球が平らだという意見の人もいる」と言ってみたり、「地球が平らだという前提に立って議論をすると、地球が丸いというデータは説明が付かない、貴方はどう考えるのか」と言って転嫁する。貴方のやり口はそういうことであり、疑似科学と言われてもしょうがないでしょう。

もちろん、「山岡氏の実測測定データ自体が誤っている」ことを直接的に示せれば別です。貴方は1回だけそこに言及しています。

>低受容群で差が小さいのは、そういう人は、あまり人の血液型と性格に興味がないとしか考えられません。

うーん、意味がよく分かりませんでした。「ステレオタイプ低受容群/高受容群」と、「思い込みの程度が高い/低い」と、「興味が高い/低い」は、類似の概念だと思うのですが。興味が無い人は当然知識もないし、思い込みの程度も小さいと思うのですが。

それとも「思い込みの程度が高い/低い」と「興味が高い/低い」というのは全く別かつ相関のない概念であり、前者は性格に殆ど影響しないが、後者は性格に凄まじく影響しても当然だ、ということですか?
by n (2013-08-06 01:25) 

ABOFAN

どうお疲れ様です。
要するに、NATROMさんやきくちさんと同じく、大混乱しているということですね。(苦笑)
#彼らと同じく、具体的なデータに基づく反論が皆無です。

まず、私の質問に対する回答がありません。

> nさんや山岡さんのように、現実の数値の差は「思い込み」(=ステレオタイプ、自己成就)では説明できないという意味です。
> もしnさんが説明できるというなら、勉強のためにぜひその説明を聞かせていただきたく。m(._.)m
> ひょっとして、初めから説明する気がないのか、あるいはnさんの考えはないということですか?

繰り返します。
山岡さんが言うように、「思い込み」があるとするなら、その性格特性を知っていればいるほど、自分に当てはまっていると回答するので差が大きくなるはずです。
しかし、実際はそうなってはいません。
nさん自身から理由の説明をお願いします。

逆に、渡邊さんが言うように、

「自分の血液型に当てはまるもの」 と判断した性格特性については、その特性が通説[注:テレビや血液型本]によって本人のものとされているか否かに関係なく、調査対象者はその特性がよりよく自分に当てはまっていると思っていることになる。

と考えれば、現実のデータをまく説明できます。

なお、これはnさんのおっしゃる「真摯な催促」です(笑)。
仮に、次回に回答がないとすると、「数度の(真摯な?)催促をもってしても明示的な反論が来ない」ので、私に反論ができなくなった」と判断させていただきます。

> 「山岡氏の実測測定データ自体が誤っている」ことを直接的に示せれば別です。貴方は1回だけそこに言及しています。

山岡さんのデータが間違っているとは言っていきません。
繰り返しますが、「思い込み」では、彼自身のデータがうまく説明できないということです。
それは、nさんについても同じです。

> 「ステレオタイプ低受容群/高受容群」と、「思い込みの程度が高い/低い」と、「興味が高い/低い」は、類似の概念だと思うのですが。興味が無い人は当然知識もないし、思い込みの程度も小さいと思うのですが。

そうだと思いますが、山岡さんも詳しい相関は調べてないようなので、私にはよくわかりません。

閑話休題。

ちなみに、nさんの反応はデジャブーですね。
NATROMさんやきくちさんとは、昔はこんな感じで活発に議論したのですが、ご存じのように現在は全く沈黙しています。
#私がいくら質問しても無視です。(苦笑)。
かつて、山岡さんや坂元さんや私のように「統計的に差がある」なんて意見は、心理学ではごくごく例外だったのですが、いつのまにか当たり前になりました。
当然のことながら、NATROMさんやきくちさんも、当初は「統計的に差がない」と断言していた(少なくとも統計的に差が認められたものはない)のですが、最近になってなんとなく「統計的に大きな差がない」に趣旨替えしているようです。
#不思議なことに山岡さんや坂元さんのデータは沈黙・無視しています。
つまり、私が主張に現実が追いついてきたことになります。
既に説明したように、心理学的に考えてデータを見ると「統計的に差がある」しかあり得ないのですから…。
#もっとも私のせいかどうかは不明です。
「思い込み」も同じです。「統計的に差がある」と同じで、そう考えないと現実と矛盾するのです。
なので、近い将来、渡邊さんや私が主張するように、現実のデータの差は「思い込み」ではないとなる日も近いかもしれません。
その日が来るのを楽しみに待ちたいと思います。

では、私の質問に対する回答をお待ちしています。
どうかよろしくお願いします。
by ABOFAN (2013-08-06 07:12) 

n

えーと、ではつまり、この記事に反論すればいいってことでしょうか。

時間がないのでとりあえず1点だけお願い。
「ザックリでも傾向がわかればいいので、有意差が出ない場合はF値をゼロとして」
とかいうアホなルールを撤廃して素直に計算してから見せてくれませんか。そんな恣意的なルールを作ったら差が過小評価されるのは当然で、今のグラフのままだと真剣に語る価値が見いだせません。
by n (2013-08-06 13:31) 

ABOFAN

> えーと、ではつまり、この記事に反論すればいいってことでしょうか。

他にもありますが、とりあえずそれでお願いします。
念のため再掲します。

-----
> nさんや山岡さんのように、現実の数値の差は「思い込み」(=ステレオタイプ、自己成就)では説明できないという意味です。
> もしnさんが説明できるというなら、勉強のためにぜひその説明を聞かせていただきたく。m(._.)m
> ひょっとして、初めから説明する気がないのか、あるいはnさんの考えはないということですか?
繰り返します。
山岡さんが言うように、「思い込み」があるとするなら、その性格特性を知っていればいるほど、自分に当てはまっていると回答するので差が大きくなるはずです。
しかし、実際はそうなってはいません。
nさん自身から理由の説明をお願いします。
by ABOFAN (2013-08-06 07:12)
-----

> 時間がないのでとりあえず1点だけお願い。
> 「ザックリでも傾向がわかればいいので、有意差が出ない場合はF値をゼロとして」
> とかいうアホなルールを撤廃して素直に計算してから見せてくれませんか。そんな恣意的なルールを作ったら差が過小評価されるのは当然で、今のグラフのままだと真剣に語る価値が見いだせません。

冗談なのか本気なのかわかりません。
「素直に計算してから見せてくれませんか」は、既に計算済みです。
全くやる気がないのか、前々回の内容を読んでないのですか?

-----
> 懲りずに新しいエントリーを立てました。
> 血液型と性格の常識(4)
> http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-05
> でご理解ください。
> by ABOFAN (2013-08-06 00:12)
-----

nさんの知的能力を疑う話が更にあります。

> 「有意差が出ない場合はF値をゼロとして」とかいうアホなルール

全質問は7問×4血液型=28問です。
このエントリーのグラフを見れば一目瞭然ですが、その特性を知っている割合(=思い込みの割合)を便宜的に0.5で分けて、F値が有意かどうかの質問数を調べてみると、

思い込み小(0.5以下) 有意差あり10 有意差なし9
思い込み大(0.5以上) 有意差あり5 有意差なし4

「有意差が出ない場合はF値をゼロとして」比較すると、簡単に「思い込み」と「F値」の相関がわかります。
どう考えても、大きな正の相関があるとは言えないでしょう。

「素直に計算して」も同じような傾向です。→血液型と性格の常識(4)
B型で最大の差が出たのは、思い込みが最大でない「マイペース型で、周囲の影響は受けにくい」です。
AB型で最大の差が出たのも、思い込みが最大でない「気分にムラがあって、ともすると2重人格のように見えることがある」で、最も思い込みが大きい質問の倍以上の差があります。。
A型とO型は、その性格特性を知っている割には差が出ず、B型やAB型と比べると明らかに差が小さくなっています。
特にO型の結果は散々で、知っていない特性の方が差が大きいぐらいです。

やはり、どう考えても、「思い込み」と「差」に大きな正の相関があるとは思えません。

逆に、渡邊さんが言うように、

「自分の血液型に当てはまるもの」 と判断した性格特性については、その特性が通説[注:テレビや血液型本]によって本人のものとされているか否かに関係なく、調査対象者はその特性がよりよく自分に当てはまっていると思っていることになる。

と考えれば、現実のデータをうまく説明できます。

よろしいですか?

おかしい点はまだまだあります。

nさんの今までのコメントの分量やアップロードのタイミングを見ても、私には「時間がない」とは思えません。
また、今回のタイムスタンプを見ても、やはり「時間がない」とは思えません。
突然忙しくなったというのも奇妙ですが?

実は、否定論者の議論のパターンはだいたい同じで、議論が佳境にさしかかったところで、相手が唐突に「時間がない」と言いだし、一方的に議論が打ち切られます(返事がもらえなくなる)。

その後は、彼らの主張が少しずつ私の主張に近づいてくるのです。
典型例が、NATROMさんときくちさんです。
不思議だと思いませんか?

もっとも、これらのことは、単純に彼らに都合が悪くなったから…と解釈すればうまく説明できます。
nさんに限っては、そんなことはないと思います。
よろしくお願いします。
by ABOFAN (2013-08-06 21:19) 

n

点の半分近くが横軸に重なっている散布図で「相関係数を計算しました!」と言われたら、グラフの中身や意味など一切見られずに5秒で差し戻されて文句言えないです。半分のFの値をゼロと見なすのは、わざとデータをばらけさせて相関係数を低く見せかけようとしているのだろうと疑われます。この件は確かにABOFANさんの統計センスを過大評価して説明を省略しすぎたようで、申し訳ありません。とりあえず新しいグラフを作って頂けたようでありがとうございます。ただ今度は急に相関係数が出てこなくなりましたが、同じように計算した相関係数を教えてくれませんか?

あと、私は、『山岡氏のデータを、過度に過去のデータに一般化し、過去の研究者を不条理に批判している』という貴方の態度が間違っている、という話をしに来ているので、そのことは忘れないでください。貴方がいつの間にやら、過去のデータを根拠にして山岡氏のデータをせっせと否定している時点で、私としては目標達成しています。今あなたが一生懸命否定しているのは、NATROMのブログで貴方が最初に提示した最も大事な部分です。今まさに間違えた事を言っているか、NATROMさんのブログで間違えたことを言っていたか、少なくともどちらかではあるわけです。この点についての弁明を求めます(これで3回目です)。

では貴方の要望にお応えします。本来、既に以前と真逆に転じてしまった貴方の主張に対してこれ以上私がコメントを返す義理は全くないのですが。

私はず~っと以前から「血液型と性格によるアンケートには、時代による変化がある」と主張しています。貴方は以前は山岡氏研究(2004)を根拠に過去の研究を全否定し、今は過去の研究を根拠に山岡研究(2004)を一生懸命否定しているわけですが、どちらも正しくありません。「過去の研究と山岡研究(2004)が違うじゃないか」と貴方に問われたら、「違っているとしたら私の言っていた通りですね、2004年度が特殊な時代だったんですね」というお答えになります。

貴方はどうしてもどちらかの研究がどちらかを否定していることにしたいようで、その根拠として『思い込みの程度は時代により定義上不変』を挙げていますが、その「不変」が間違っているのですよ。

だいたい貴方はこの記事の冒頭部で『「思い込み」(=その質問が自分の血液型の特性であると知っているか)』と明言しています。認知率が、どんな時代のどんな集団に聞いても、テレビで何がどう放映されようとも、定義上、全く不変だと言いたいのですか? そんなわけはないでしょう。

また貴方は「血液型と性格の常識(2)」の思い込みの定義を貴方なりに明らかにしようとしている文脈において、

>この定義からすると、「思い込み」が時代・性別・年代によって方向が違うことはありません(程度はともかくとして…)。

と記述しており、時代・性別・年代によって「思い込みの程度」が多少程度は変わりうることについて、認めていますよね。

このようであるので、貴方が「時代により思い込みの程度は定義上不変だから」を根拠に、山岡研究と上記グラフとのどちらかが間違っている! と主張していること自体、筋が通っていません。

「時代により、アンケートの結果が変わっている」なら、時代による差が存在するんだね、と素直に解釈すれば良いです。岡村氏も坂元氏もそういう主張です。

あと別件ですが、

>「自分の血液型に当てはまるもの」 と判断した性格特性については、その特性が通説[注:テレビや血液型本]によって本人のものとされているか否かに関係なく、調査対象者はその特性がよりよく自分に当てはまっていると思っていることになる。
>【出典】渡邊席子 血液型ステレオタイプ形成におけるプロトタイプとイグゼンブラの役割

彼女の用語でいうところの「通説よりも通説判断によく相関する」の部分ですね。

これは、例えば「(テレビや本による通説と異なり)知識問題で"O型は二重人格の特徴"だと答えたO型の人は、そうでない人より、自分の事を二重人格と答える傾向が高い」という意味です。つまり「性格は、客観的な血液型本の記載と関連しているというよりも、《★型はこうだとされている》という本人のイメージの方に、より強く関連している」という研究です。むしろ「思い込み」の影響が強く存在することを主張しているようにしか思えませんが。

この人の論文の解説記事をそれだけ書いておいて、そういう解釈に陥るとは、一体どういう読解力をしているんでしょうか。渡邊氏もいい迷惑でしょう。
by n (2013-08-07 01:25) 

n

ああ。私が火曜日の昼にコメントする前に、(4)のエントリは既にあり、修正済みのグラフも載っていたのですね。
今やっと前後関係に気づきました。失礼しました。
(言い訳ですけど、実際の昨日の昼は急いでいたのです)
by n (2013-08-07 03:55) 

ABOFAN

丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。
また、(4)は忙しくて見過ごしていたとのこと、了解しました。
特に気にしていませんので。

ただ、正直言って、今回の回答もよくわかりまません。

> 同じように計算した相関係数を教えてくれませんか?

トータルでは0.42で、おっしゃるとおりF値の相関より高くなっています。
参考値として追記します。

> 貴方がいつの間にやら、過去のデータを根拠にして山岡氏のデータをせっせと否定している時点で、私としては目標達成しています。今あなたが一生懸命否定しているのは、NATROMのブログで貴方が最初に提示した最も大事な部分です。

私は(過去の)他の人の「分析」は否定してますが、過去の「データ」は否定していませんので、意味がわかりません。
具体的にはどの部分ですか?
お手数ですが、原文を引用していただけるとありがたいです。

> 貴方はこの記事の冒頭部で『「思い込み」(=その質問が自分の血液型の特性であると知っているか)』と明言しています。認知率が、どんな時代のどんな集団に聞いても、テレビで何がどう放映されようとも、定義上、全く不変だと言いたいのですか? そんなわけはないでしょう。

これも、意味がわかりません。
少なくとも、「コアとなる特性」は一貫して認知率が高くないとおかしいです。
そうでないと「ステレオタイプ」や「思い込み」になりようがありませんし。
仮に、毎年違うのだったら、固定的な「ステレオタイプ」や「思い込み」がないのですから、山岡さんの研究は無意味ですし、1999年単独と1999年から2009年までの全体の差はほぼ同じですから、現実のデータを説明できません。
具体的には、神経質、几帳面、マイペース…です。
それとも、別な意味なんでしょうか?

> 時代・性別・年代によって「思い込みの程度」が多少程度は変わりうることについて、認めていますよね。

おっしゃるとおりです。
が、繰り返しますが、「コアとなる特性」は、必ず認知度が高くないと、「ステレオタイプ」や「思い込み」になりようがありません。

> このようであるので、貴方が「時代により思い込みの程度は定義上不変だから」を根拠に、山岡研究と上記グラフとのどちらかが間違っている! と主張していること自体、筋が通っていません。

ですので、「コアとなる特性」は、必ず認知度が高くないとおかしいです。
もちろん、多少の変動はあると思いますが。

> 「時代により、アンケートの結果が変わっている」なら、時代による差が存在するんだね、と素直に解釈すれば良いです。岡村氏も坂元氏もそういう主張です。

確かに時代による差は存在しますが、程度の差で、方向が逆になることはありません。逆になったら、「ステレオタイプ」や「思い込み」ではないことになりますから。

> 例えば「(テレビや本による通説と異なり)知識問題で"O型は二重人格の特徴"だと答えたO型の人は、そうでない人より、自分の事を二重人格と答える傾向が高い」という意味です。つまり「性格は、客観的な血液型本の記載と関連しているというよりも、《★型はこうだとされている》という本人のイメージの方に、より強く関連している」という研究です。むしろ「思い込み」の影響が強く存在することを主張しているようにしか思えませんが。

これもよくわかりません。
個人と全体を混同していませんか?
多くの血液型本に書いてあっても、いくら認知度が高くとも、全体としては血液型による差が出ないこともありえる、ということになりますが?

では、よろしくお願いします。
by ABOFAN (2013-08-07 07:26) 

ABOFAN

もう一度論点を整理してみました。
まず、nさんのスタンスですが、

> 私の立場は山岡氏や坂元氏の研究に普通に文章として書いてあることと基本的に同じです。
>>2004年度に放送された大量のTV番組が血液型性格診断の知識を普及させ、それが正しいと信じる人間を増大させたのである。
>>血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。

ということですね?

まず、「2004年度に放送された大量のTV番組により[血液型性格判断を]正しいと信じる人間を増大させたのである。」とありますが、これは私も同感です。
ただし、その差は、

信じている 12.2%(2002.4)→16.9%(2005.1)
少し信じている 46.6%(同)→53.6%(同)
合計 58.8%(同)→70.4%(同)

ですから、両方合わせて11.6%の増となります。

例えば、ある特性に対して、信じている人が10%の差、信じていない人は差がないとします。
計算すると、2002年4月では全体では5.88%の差、2005年4月では7.04%の差となります。
私は、この程度の変化は大した問題とは思いませんが、nさんは大問題という認識の差ということですね?

実際には、山岡さんのデータでは、1999年と1999-2009年ではほぼ傾向は同じです(2005年は具体的な数値なし)。
ですので、「血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。」かどうかは不明、というのが妥当な判断かと思います。
確実に言えるのは、マイペース(B型)、二重人格(AB型)といった「ステレオタイプ」の特性には、安定して差が出ているいうことです。

> 「○型は××の性格というのは、テレビや血液型本とはあまり関係ない」

これは、(4)に示したように心理学者も言っています。
再掲します。

現在の[血液型]ステレオタイプは、「もはや能見や古川のもの[注:現在の血液型本のネタ本]とは離れ、それぞれの血液型について核になる特性が存在し、それを中心に全体の内容が形成されている」ことになり、それは『A型が「内向的で協調的」、B型が「外向的で非協調的」、O型が「外向的で協調的」、AB型が「内向的で非協調的」とイメージされている』です。
[http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/labo.htm]

実際も、山岡さんのデータでは、血液型別の特性を「よく知っている」は10~20%です。
データを再掲すると、

全質問は7問×4血液型=28問です。
このエントリーのグラフを見れば一目瞭然ですが、その特性を知っている割合(=思い込みの割合)を便宜的に0.5で分けて、F値が有意かどうかの質問数を調べてみると、

思い込み小(0.5以下)…19 うち有意差あり10 有意差なし9
思い込み大(0.5以上)…9 うち有意差あり5 有意差なし4

となります。

また、nさんのおっしゃるように、「思い込み」とされる特性が毎年変わるとするなら、山岡さんの質問項目は1992年に固定していますから、山岡さんの調査自体が無意味になります。

更に、当時のテレビ番組を見ても、山岡さん調査の質問項目を強調していたとは思えません。

ですので、「血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。」とは言えないと思います。
#正確には、マスコミ情報=1992年時点の血液型本、ということになります。

よろしいでしょうか?

> 「山岡氏の実測測定データ自体が誤っている」ことを直接的に示せれば別です。

繰り返しになりますが、私は山岡さんのデータが間違っているとは言っていません。
あくまで「血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。」という分析は妥当ではないという意味です。

念のため、思い込みについては、10年以上の文章になりますが、

否定論者の自己矛盾
http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/paradox.htm

・「信念」や「ステレオタイプ」があれば必ず回答率に差が出る→2005年以降に主流の説に
・YG性格検査では、A型は一貫して「神経質」である
・YG性格検査では、B型はほぼ一貫して「協調性」が低い→マイペース

をご覧ください。

よろしくお願いします。
by ABOFAN (2013-08-07 22:26) 

n

>私は(過去の)他の人の「分析」は否定してますが、過去の「データ」は否定していません

ほう。では、
「山岡氏の研究で見いだされた数%の差は、①時期の違い②対象者の違い③質問方法の違いが異なる過去の試験でも、同じ差が出ないと"おかしい"」
という、以前の貴方の主張には、ここまで何も変更がないのでしょうか。「おかしい」というのは、山岡氏のと同様の差は、①②③の違いに関わらず「安定して」見いだされるべきだ、という意味ですよね。

少なくともここ数回は「安定して差があるのはコアとなる特性のみ」等と仰っているわけで、上記の発言には流石にいくらかの修正を加えて頂かないとつじつまが合わないと思うのですけど。

>トータルでは0.42で、おっしゃるとおりF値の相関より高くなっています。

サンプル数サイズ28でそれだけの相関係数なら、普通は「相関あり」と判断しません? 確かにO型に関しては一定の傾向が見いだせませんが、全体としては正の相関がちゃんとあるように思えます。

>まず、「2004年度に放送された大量のTV番組により[血液型性格判断を]正しいと信じる人間を増大させたのである。とありますが、これは私も同感です。
>私は、この程度の変化は大した問題とは思いませんが、nさんは大問題という認識の差ということですね?

少なくとも貴方が、山岡氏の研究を根拠にして以前述べていた「過去から現在まですべての(日本人の)データは、統計的に「かなりの差」が出てないとおかしいことになります。」という主張は否定できると思いますが。そりゃあA型か否かで几帳面さが何倍も違っていれば「大した問題」ではないかもしれませんが、元々が僅か数%程度の差があるかどうかの話をしているのに、「確信度の10%の差など気にしなくても、安定して過去のすべてのデータで血液型による性格差が見いだされる」と断言できるわけがないと思います。

>「血液型による性格の違いは、現実のものではなく、マスコミ情報に影響された思い込みであると結論づけられる。」かどうかは不明、というのが妥当な判断かと思います。

何度も言わせないでください。山岡研究をネタに「思い込みの有無」について議論しようとしているなら、何よりも真っ先に注目すべきは、まさに彼が「思い込み」の有無を直接調べたデータでしょう。「ステレオタイプ高受容群/低受容群で分け、前者の方が差が強い」というもの。この「データ」には異論がないのでしたよね。

「論点を整理」などと言いながら、彼が最も直接的な手法で「思い込みがある」ことを示した最重要部分を再び完膚なきまでに無視し、間接的な希望的観測ばかり述べる理由は何ですか。貴方が真っ先に提示したデータでしょう? 都合が悪いデータを無視する疑似科学的態度が骨の髄まで染みこんでいるのですか。

貴方は少なくとも自分のエントリの(3)(4)にて、「特性を知っている割合が高いか低いかで分け、前者の方が差が強く出るか」という解析を現にやって見せた以上、これが有効な手法であることを認めているのですよね。山岡氏の「ステレオタイプ高受容群/低受容群で分け、前者の方が差が強く出た」という分析は、手法として同様ではないのですか? むしろ「思い込みの影響があるか」という点では、単に知識の有無で分けるよりも、こちらの方がより直接的かつ望ましい手法だと思います。

>これもよくわかりません。個人と全体を混同していませんか?多くの血液型本に書いてあっても、いくら認知度が高くとも、全体としては血液型による差が出ないこともありえる、ということになりますが?

私としては貴方の反論がよく分かりませんでした。個人と全体を混同してはいませんが、解り易いかなと思って例としてO型の人を挙げて説明したのが不味かったですか。

渡邊氏の主張は、「通説よりも通説判断によく相関する」、つまり「客観的に本などに書いてある特性ではなく、個々人が持つ認識の方に強く相関している」という意味です。渡邊氏は「テレビや本の記載内容自体ではなく、本人がそうだと思い込んでいる認識の方との関連が強い」と言っているのであって、「テレビや本の記載内容と関係ないところで、血液型による生まれつきの性格の差が存在する」とは決して言っていません。(そりゃあ中学生には難しい文章かもしれませんけど)大人ならあの程度の日本語は理解できませんか。
by n (2013-08-08 09:55) 

ABOFAN

> 山岡氏の研究で見いだされた数%の差は、①時期の違い②対象者の違い③質問方法の違いが異なる過去の試験でも、同じ差が出ないと"おかしい"」
> という、以前の貴方の主張には、ここまで何も変更がないのでしょうか。「おかしい」というのは、山岡氏のと同様の差は、①②③の違いに関わらず「安定して」見いだされるべきだ、という意味ですよね。
> 少なくともここ数回は「安定して差があるのはコアとなる特性のみ」等と仰っているわけで、上記の発言には流石にいくらかの修正を加えて頂かないとつじつまが合わないと思うのですけど。

なるほど、これでnさんのスタンスはよくわかりました。
改めて私のスタンスを詳しく説明しようと思いますが、とりあえず…。

まず、元々の差が小さいものは、誤差かどうかわかりません。
また、「ステレオタイプ」であることは、別のアンケートで確認する必要があります。
ですので、現実に確認できるのは「マイペース」「二重人格」程度でしょう。
もっとも、O型とされている「自己中心的」をB型に組み替えれば3つになります。

>>トータルでは0.42で、おっしゃるとおりF値の相関より高くなっています。
>サンプル数サイズ28でそれだけの相関係数なら、普通は「相関あり」と判断しません? 確かにO型に関しては一定の傾向が見いだせませんが、全体としては正の相関がちゃんとあるように思えます。

0.42では不十分で、心理学的には0.7から0.8以上が必要です。
#分散は20%しか説明できません。

また、そもそも相関係数0.42はあくまで「参考値」で、現実にはほとんど相関がないものと思われます。

詳しくは新しいエントリー(5)を読んでみてください。
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-08]

> 「論点を整理」などと言いながら、彼が最も直接的な手法で「思い込みがある」ことを示した最重要部分を再び完膚なきまでに無視し、

何で形容詞を使うのか理解できません(仲間内用?)が、新しいエントリー(5)を読めば、差は「思い込み」では説明できないことがおわかりいただけると思います。

> 「ステレオタイプ高受容群/低受容群で分け、前者の方が差が強く出た」という分析は、手法として同様ではないのですか?

低受容群は、興味がないから低い数字しか出なかった、としても問題ありません。
#一応、高受容群の数分の1の差は出ています。
ですので、これだけではなんとも言えません。
別な面からの検証も必要と思いますが?

> 「テレビや本の記載内容と関係ないところで、血液型による生まれつきの性格の差が存在する」とは決して言っていません。

ひょっとして、山岡/渡邊論文をよく読んでいないのでしょうか?

繰り返しになりますが、まず新しいエントリー(5)を読んでみてください。
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-08]

どうかよろしくお願いします。

それと、妙に「上から目線」の文章ですが、何か理由(仲間内用?)があるのでしょうか?
目障りなだけで、実質的には何の意味もないと思うんですが…。

少なくとも、山岡/渡邊論文はよく読まれていないようなので、そういう態度を取る必要性が理解できません。
確かに、kikulogではそんな人もいますが、どうも仲間内用らしいです。
で、実際に見たり会ったりしたときとのギャップに驚きました。
nさんもそうなんでしょうか?
by ABOFAN (2013-08-09 00:18) 

n

(5)を拝見しました。「データが自分に都合が悪いときは、決して素直にそれを見つめたりせず、主観的基準を作って頑張って操作してでも、相関係数をゼロに近づけます」という一連の手口を、何ら恥じ入ることもなく大公開していますね。

相関係数が0.44だと「いくらなんでもまずい」と思ったからグラフを書き換えました、と、私に言われても。そもそも0.44だと都合が悪いのは貴方1人だけです。

いや、元を正すと、そもそも貴方はこの間まで0.44でも何ら都合の悪くない人でした。「思い込みがあることが前提」ということで、随分と長い間私にその性質や定義について語っていたはずです。

貴方が急に(3)のような解析を思いつき、なぜかそこで急に「思い込みは存在しない」というおかしな信念に囚われてしまったのだと思いますが、それは結局、「この1ヶ月の貴方の発言の大半が大嘘でした」という結論にしかならないと思いますよ。貴方の都合がもっと悪くなるだけです。

あと自分でも「暫定的にこうしてみます」だの「数値が妥当かどうかはなんとも言えません」だのというレベルの自信しかない癖に、人に見せて、しかも「思い込みがないことが証明された」と結論づけようとする点に関しては、なにをか言わんや、と思いました。

元の話に戻ります。

貴方は「血液型と正確の常識(3)(4)(5)」の一連の記事にて、
「性格特性を知っていれば差が大きい、というデータがあれば、思い込みが存在する直接的証拠だ」と、何度も強調して主張していますよね。これは今更撤回できない貴方の主張の根幹ということでいいですよね。私もこれには同意します。

一方で私は、
「血液型診断を信じている群で差が大きいというデータがあるから、思い込みが存在する直接的証拠だ」と、何度も繰り返し言っています。山岡氏のデータと分析がまさにそれです。貴方は頑として認めようとしないわけですが。

しかし上述の通り、この部分に関して、私と貴方の論理構成はほとんど同じだと思うのです。なぜ貴方が正しくて、私が間違えているのですか? 私が山岡氏の分析を示すと、貴方は渋々「血液型診断に対し興味が高い群で差が大きいというデータだから、思い込みが存在する直接的証拠ではない」と(2回)答えました。

貴方の定義によれば、「思い込み」とは、「血液型診断を信じているかどうか」や「血液型診断に興味があるか」で測ってはダメで、「知っているかどうか」のみで測るべき要素なのでしょうか。普通に考えれば逆ですよね。単に知識として知っているかより、「信じているか」や「興味があるか」の方がずっと「思い込み」と直接関わる要素だと思うのですが。

ちなみに、山岡氏の場合は28項目をA/B/AB/Oで分類したりせず、そのまま分散分析にかけて血液型の主効果を解析していますので、貴方が(5)で述べたような"欠陥"の影響を原理的に受けません。そういう意味でも信頼は置けると思います。

#ところで「仲間内」って誰のことですか? 何を妄想されているのか分かりませんが、私は貴方以外にここを誰か見ているかなんて、全く興味ありませんけど。

#この週末は用件が立て込んでいるので、レスポンスが遅くなる可能性が高いことをあらかじめお断りしておきます。よろしくお願いします。
by n (2013-08-10 03:38) 

ABOFAN

お答えありがとうございます。
少なくとも、ここまで真摯な議論が続いてきたことに心から感謝しています。
これはお世辞ではありません。
さて、

> (5)を拝見しました。「データが自分に都合が悪いときは、決して素直にそれを見つめたりせず、主観的基準を作って頑張って操作してでも、相関係数をゼロに近づけます」という一連の手口を、何ら恥じ入ることもなく大公開していますね。

繰り返しになりますが、この文章は単なるnさんの主観であり、本題とは何の関係もありません。
なぜ、こう書く必要があるのか理解に苦しみます。
内容については、後述します。

> 相関係数が0.44だと「いくらなんでもまずい」と思ったからグラフを書き換えました、と、私に言われても。そもそも0.44だと都合が悪いのは貴方1人だけです。

今回は、相関係数は、傾向を見るだけものです。
渡邊さんの「その特性を知っている割合」は1992年10月、山岡さんのデータは1999-2009年ですので、微妙にずれがあります。
ですので、今回は7年だったらそれほど変わらない、と仮定してあえて山岡さんの1999年のデータを使いました。
相関係数より、散布図の方が傾向を表しているはずなので、なるべく妥当な散布図をどうやって書くかが課題で、nさんがおっしゃるように、いろいろな見方があることは承知しています。
例えば、この7年間に微妙に「思い込み」が変化しているかもしれません。もっとも、「コアな特性」は変わらないでしょうが、項目に重み付けはしていないので、相関係数には影響を与える可能性があります。また、「その特性を知っている割合」もサンプルが102名と少なめで、例えばAB型は12名ですから、その点を考慮する必要があります。
おそらく、そういう点を考慮すれば、相関係数は0.42は十分に高いのかもしれません。
ということで、そういう反論が返ってくると予想していたのですが、思いっきりハズしました。(笑)

今回のnさんの意見は明らかに自己否定です。内容は次のとおりです。これには驚きました。

1. 少なくとも、7年間は「思い込み」は相関係数に大きな影響を与えないということになりますから、以前と真逆に「時期の違い②対象者の違い③質問方法の違いが異なる過去の試験でも、同じ差が出ないと"おかしい"」を明らかに肯定していることになります。

2. また、山岡/渡邊さんの質問項目は、「複数の本(最低3冊)に共通して現われていた項目を使用した」とありますので、「間違った項目」に思い込んでいるのですから、渡邊席子さんの言うとおり、「差が出るかどうか」には、テレビや本はあまり影響しないということになります。他には解釈のしようがありません。

> 貴方が急に(3)のような解析を思いつき、なぜかそこで急に「思い込みは存在しない」というおかしな信念に囚われてしまったのだと思いますが、それは結局、「この1ヶ月の貴方の発言の大半が大嘘でした」という結論にしかならないと思いますよ。貴方の都合がもっと悪くなるだけです。

それは「思い込み」の定義によります。ただ、確実に言えるのは、山岡さんやnさんのいう「思い込み」は存在しないか、存在しても現実のデータの差は説明できません。つまり、差は「本当の差」ということにります。

> あと自分でも「暫定的にこうしてみます」だの「数値が妥当かどうかはなんとも言えません」だのというレベルの自信しかない癖に、人に見せて、しかも「思い込みがないことが証明された」と結論づけようとする点に関しては、なにをか言わんや、と思いました。

そうおっしゃるのは自由ですが、単なる「認めない」では反論とは言えないと思いますが?

元の話に戻ります。

> 貴方は「血液型と正確の常識(3)(4)(5)」の一連の記事にて、
> 「性格特性を知っていれば差が大きい、というデータがあれば、思い込みが存在する直接的証拠だ」と、何度も強調して主張していますよね。これは今更撤回できない貴方の主張の根幹ということでいいですよね。私もこれには同意します。

なぜ毎回誤解されるのでしょうか? 山岡さんはそう言っていますが、決して私の主張ではありせん。
そして、そう仮定すると、現実のデータをうまく説明できない訳です。つまり、差は「思い込み」だけでは説明できないことになります。

> 一方で私は、
> 「血液型診断を信じている群で差が大きいというデータがあるから、思い込みが存在する直接的証拠だ」と、何度も繰り返し言っています。山岡氏のデータと分析がまさにそれです。貴方は頑として認めようとしないわけですが。

他のデータ、例えば、県民性や男女差でも同じです。もっとも、残念なことにこれらの直接的なデータは持っていませんが、県民性なんかないんだ、「思い込み」なんだと断言している心理学者もいるのは事実です。

> しかし上述の通り、この部分に関して、私と貴方の論理構成はほとんど同じだと思うのです。なぜ貴方が正しくて、私が間違えているのですか? 私が山岡氏の分析を示すと、貴方は渋々「血液型診断に対し興味が高い群で差が大きいというデータだから、思い込みが存在する直接的証拠ではない」と(2回)答えました。

この点は、何回も説明しているつもりなんですが…。なぜ、そう理解したくなるのでしょうか?

1. 山岡さんのいう意味での「思い込み」はない
2. しかし、(高受容群が)差に気付くことによって、見かけ上の回答率の差は大きくなる(低受容群の数倍?)
3. 従って、そういう意味なら「思い込み」は存在する

ということなります。これなら、現実のデータとも矛盾しません。また、官能検査での個人差や、県民性・男女差とも矛盾しません。ちなみに、「男女差はない」という人はだいたい2割で、血液型よりは少ないようです(笑)。

> ちなみに、山岡氏の場合は28項目をA/B/AB/Oで分類したりせず、そのまま分散分析にかけて血液型の主効果を解析していますので、貴方が(5)で述べたような"欠陥"の影響を原理的に受けません。そういう意味でも信頼は置けると思います。

これには驚きました。本気ですか?

1. 仮にテレビや血液型本の特性が頻繁に変化するとすると、nさんの「相関係数が0.42…」は否定されます。毎年のように変わるものに、相関係数を計算しても無意味ですので。
2. 「血液型ステレオタイプ」を研究している山岡さんの論文のどこをどう理解すると、「28項目をA/B/AB/Oで分類したりせず」になるのでしょう? 理由を教えていただきたく。そもそも「血液型ステレオタイプ」に反する「思い込み」なら、それは「血液型ステレオタイプ」の定義に反します。
3. “思い込み”自体は安定して差が出ているのは確実です。しかし、これらの“思い込み”は、テレビや血液型本の「血液型ステレオタイプ」どおりではないものも少なくないので、少なくともそれらは「本当の差」ということになります。

> #ところで「仲間内」って誰のことですか? 何を妄想されているのか分かりませんが、私は貴方以外にここを誰か見ているかなんて、全く興味ありませんけど。
> #この週末は用件が立て込んでいるので、レスポンスが遅くなる可能性が高いことをあらかじめお断りしておきます。よろしくお願いします。

わかりました。私も特に急いでいるのではないので大丈夫です。
ただ、(5)で、今までの主張が真逆になったのには驚きました。

もう一度整理します。nさんは、

1. 「相関係数は0.42…」とおっしゃっているので、以前と真逆に「時期の違い②対象者の違い③質問方法の違いが異なる過去の試験でも、同じ差が出ないと"おかしい"」を明らかに肯定していることになります。
2. “思い込み”自体は安定して差が出ているのは確実です。しかし、これらの“思い込み”は、テレビや血液型本の「血液型ステレオタイプ」どおりではないもの少なくないので、少なくともそれらは「本当の差」ということになります。
3. (5)に対する具体的な反論はなく、単に「認めない」ということになります。密かに、私の思いもよらないような反論を期待していたのですが、残念です。

私の考えですが、だいたい山岡さんのいう「血液型ステレオタイプ」は28項目も存在するはずがありません。そもそも、血液型をよく知っているのは、せいぜい日本人全体の1~2割ですから、普通の人が28項目も覚えているはずがないのです。血液型本ならともかく、テレビで山岡さんのいう28項目を全部やっているかというと、実際の番組を見るとわかりますが、全然やってません。(笑)
従って、2004年のテレビ番組は、多少の影響はあったでしょうが、到底「思い込み」や「血液型ステレオタイプ」で差の全てを説明できるはずがないのです。放送してない内容なら回答に影響を与えようがありませんからね。

ですので、これらの差を一番うまく説明できるのは(4)に書いたように、

現在の[血液型]ステレオタイプは、「もはや能見や古川のもの[注:現在の血液型本のネタ本]とは離れ、それぞれの血液型について核になる特性が存在し、それを中心に全体の内容が形成されている」ことになり、それは『A型が「内向的で協調的」、B型が「外向的で非協調的」、O型が「外向的で協調的」、AB型が「内向的で非協調的」とイメージされている』です。
[http://www010.upp.so-net.ne.jp/abofan/labo.htm]

従って、大体このとおり差が出ていることになります。また、低受容群で差が小さいのは、そもそも血液型に興味がないからで、「アンケート」で差が小さくとも不思議はありません。おそらく、低受容群は、性格にもあまり興味がないのではないかと思います。というのは、県民性では5割、男女差でも2割が、そんなものは存在しないと言っているからです。もっとも、これには裏付けとなるデータがないので単なる私の推測ですが。

by ABOFAN (2013-08-10 06:17) 

ABOFAN

私自身のスタンスをまとめてみました。
血液型と性格の常識(6)
http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-10
今までよりは、わかりやすくなったかと思います。
by ABOFAN (2013-08-10 18:28) 

n

遅くなりました。

(6)を読みました。

貴方が挙げた1.~9.のうち、1, 7, 8, 9については今のところ特に反論はありません。
2.については依然反対です(が、直接結論じみた部分の水掛け論をしてもしょうがないので後述の論点を先に片付けさせてください)。
3.は条件付きで賛成できる内容ですが、以前の貴方の主張(①時代②性別や世代③質問法に関わらず安定して山岡氏と同じ結果が出る)から、だいぶ変化があるようには思いました。

で、最近の議論の内容と根本的に関わる部分として、4~6に注目させてください。

>4. 否定論者のいう意味での「思い込み」は存在しない
>5. しかし、「関係がある」(全体の約7割)と思う人が血液型別の性格の差に気付くことによって、見かけ上の(回答率の)差は大きくなる(「関係がない」と思う人の数倍?)
>6. 従って、そういう意味なら「思い込み」は存在する

これは山岡氏のデータについての貴方の解釈ということでいいですか?
山岡氏の例の「低受容群と高受容群で傾向に違いがある」のは「結果であって原因ではない」ということでしょうか。

確かに、あの低受容群と高受容群の差について、2通りの解釈が可能です。解り易くするために「A型、几帳面」を例に取りますが、

「高受容群は、自分の血液型なら自分は几帳面なはずだという"思い込み"が強いため、実際に自分の性格を几帳面と答える割合が高くなる」(=高受容群であることが原因で、差が大きいのは結果)

「A型の人は実際に、生まれつき、有意に(数%程度は高い割合で)几帳面なのだが、それに当てはまる人が結果として血液型診断に興味を抱き、高受容群になる」(=差が大きいのが原因で高受容群であることは結果)

山岡氏は前者の分析をしていますが、ABOFANさんは後者の解釈をしている、ということでしょうか。

ひとまずこれについて「そういうこと」なのか、「またnは誤読している」なのか、お答え願えませんか。
場合によってはその後の話が無駄になりますので。


上記のお返事を頂く間、無難な所に回答しておきます。

>(5)で、今までの主張が真逆になったのには驚きました。

>「相関係数は0.42…」とおっしゃっているので、以前と真逆に「時期の違い②対象者の違い③質問方法の違いが異なる過去の試験でも、同じ差が出ないと"おかしい"」を明らかに肯定していることになります。

いいえ。私は貴方の「山岡氏より過去の研究でも差が出ないとおかしい」を否定していますが、だからといって「過去の研究では差はないはずだ」と言ってきた訳ではありません。

確かに(3)(4)グラフについて、「"一目瞭然に差が無い"とは思えない」という印象は抱きますが、別にそれ自体は、貴方が何度も(3)についてコメントせよというので述べただけです。あくまで私の主張の本筋としては、「過去の研究でも差があるはず」とか「過去の研究では差がないはず」ではなく、「過去の研究では、時代が異なるので、差があろうと、あるまいと、"おかしい"とは言えない」で一貫しています。勘違いされませんよう。


>「血液型ステレオタイプ」を研究している山岡さんの論文のどこをどう理解すると、「28項目をA/B/AB/Oで分類したりせず」になるのでしょう? 理由を教えていただきたく。

山岡氏のやっている「分散分析」を理解していますか?
この分析方法は「とある性格特性について、血液型によって回答に差があるかどうか」のみを検出するものです。「性格特性が●型のもの、とあらかじめ定め、●型と答える率が高いか検出する」という解析ではありません。
28項目を選ぶ時点では血液型毎に7つずつ取り出していますが、その後の分析では、どの特性がどの血液型のものかなんて気にしていないようです。逆に、各質問に対してA型のスコアが高かろうと、O型のスコアが高かろうと、「血液型による差あり」という同一の結果として検出されるのであり、出てくる数字がマイナスになったりもしません。従って、貴方が(5)で披露したような「間違い(エラー)として扱い、除外する」のような操作が本質的に必要ありません。
by n (2013-08-14 02:39) 

ABOFAN

お忙しい中、ご返事ありがとうございます。
まず、1点お詫びをしなればなりません。

私は、山岡さんの血液型性格特性の28の質問は、あてはまる血液型を伏せて提示しているもののだと思い込んでいました。
念のため、もう一度確認してみたところ、山岡さんの文献を読には、この点については何も明確に書いてありません。
しかし、著書の「ダメな大人にならないための心理学」では、直前に大村さんの「バーナム効果」の説明があります。
それは、血液型性格特性は誰にでも当てはまるもので、例えばA型の特性をO型だと偽って見せると、そのA型の特性でもO型の人にあてはまる結果になるというものです。
なので、「バーナム効果」を実証する実験と考えると、血液型を明示しないと話が合いません。
#1999年の「ダメな大人にならないための心理学」、2005年の週刊ダイヤモンドの記事では、明確に「バーナム効果」と説明しています。

ただし、仮に性格特性の質問で血液型を提示しているとすると、「バーナム効果」は明確に否定されます。
なぜなら、以下の6つの質問では、「高受容群」では提示された血液型とは別の血液型に「あてはまる」からです。
#もちろん、統計的には有意な差があります。

1. 内向的で、問題を自分の中だけで解決する A型の質問→AB型の数値が高い
2. 人情もろい B型の質問→O型の数値が高い
3. 友人関係が広く、気さくで社交性がある B型の質問→O型の数値が高い
4. 飽きっぽい AB型の質問→B型の数値が高い
5. ものの言い方や表現法はもちろん、欲望の表し方もストレートである O型の質問→B型の数値が高い
6. 個人主義的で、ともすれば自己中心的になってしまう O型の質問→B型の数値が高い

さて、本題に移ります。

>「高受容群は、自分の血液型なら自分は几帳面なはずだという"思い込み"が強いため、実際に自分の性格を几帳面と答える割合が高くなる」(=高受容群であることが原因で、差が大きいのは結果)
>「A型の人は実際に、生まれつき、有意に(数%程度は高い割合で)几帳面なのだが、それに当てはまる人が結果として血液型診断に興味を抱き、高受容群になる」(=差が大きいのが原因で高受容群であることは結果)
> 山岡氏は前者の分析をしていますが、ABOFANさんは後者の解釈をしている、ということでしょうか。
> ひとまずこれについて「そういうこと」なのか、「またnは誤読している」なのか、お答え願えませんか。

冒頭に書いたように、「山岡氏は前者の分析をしていますが、ABOFANさんは後者の解釈」でOKと書こうとしたら、山岡さんが本当にどう考えているのかわからなくなってしまいした。

なお、血液型に興味を持つのは、自分の血液型だけではなく、他人の血液型も参考にしているはずです。

となると、2005年の論文で具体的な数値を書いてないのは、このためなのでしょうか?

> 山岡氏のやっている「分散分析」を理解していますか?

一般的にはそうですが、「バーナム効果」でも「血液型ステレオタイプ」でも、あてはまる血液型を決めないと、意味がありませんが?

また、冒頭に書いたように、山岡さんの真意をどう考えればいいのか、正直混乱しています。

お答えにならず、すみません。

by ABOFAN (2013-08-14 07:25) 

ABOFAN

もう一度「ダメな大人にならないための心理学」(2001年)と山岡さんの2005年の論文を取り上げた「週刊ダイヤモンド」(2008年11月8日号 使える心理学)を、何回も読み直してみました。
結局、山岡さんの文章と、週刊ダイヤモンドの記者の文章が間違っているようです。

まず、バーナム効果とは何か。Wikipediaにはこうあります。

-----
被験者に何らかの心理検査を実施し、その検査結果を無視して事前に被験者とは無関係に用意した「あなたはロマンチストな面を持っています」「あなたは快活に振舞っていても心の中で不安を抱えている事があります」といった診断を被験者に与えた場合、被験者の多くが自分の診断は適切なものだと感じてしまうが、この現象を「バーナム効果」と呼んでいる。
-----

そして、山岡さんの「ダメな大人にならないための心理学」には、こうあります。

-----
高受容群は自らの性格傾向を血液型ステレオタイプ[注:B型はマイペース、AB型は二重人格...]に当てはめて認知しているのであり、バーナム効果が働いていると言えます。
-----

おそらく、山岡さんは、心理検査をすると血液型によって差が出ない、と思っているのでしょう。が、そもそも「誰にでも当てはまる」のだったら、「思い込み」ようがありません。例えば「マイペース」は確かにある程度は誰にでも当てはまります。が、高受容群でB型の数値が高くなるのだったら、それは「思い込み」であって「バーナム効果」ではありません(少なくとも自己認知のレベルでは)。現に、別な実験では、血液型のラベルを替えたら(高受容群の一部の人は)違うと言ったという報告もあります。
逆に言えば、B型の高受容群に心理検査をすると、「マイペース」の数値が高くならないとおかしいのですから、「検査結果を無視し」ということにはなりません。

なぜ、こんな(単純な?)間違いをするのかわかりませんが、おそらく血液型の特性は「誰にでもあてはまる」と思い込んでいるから、うっかり間違ってしまったのだと思われます。

となると、やはり、山岡さんの血液型性格特性の28の質問は、あてはまる血液型を伏せて提示していると考えて良さそうですね。単純に、山岡さんの考察がうっかり間違ったということなのでしょう。
ちょっとホッとしました。

本題に戻ると、山岡さんの考えは、

>「高受容群は、自分の血液型なら自分は几帳面なはずだという"思い込み"が強いため、実際に自分の性格を几帳面と答える割合が高くなる」(=高受容群であることが原因で、差が大きいのは結果)

ですが、本に書いてある「バーナム効果」とは関係ない(間違い?)ということになります。

ちなみに、確信度と熟知度の相関は0.416なので、意外と小さいようです。
それと、面白いのが「関係ない」「関係ある」理由の自由記述で、

「関係ない」理由
そもそも性格が4つに分けられるはずがない[注:これは間違いです]、性格は環境によって形成される[注:これは間違いです]、非科学的がほぼ2割ずつ

「関係ある」理由
自分や周囲の人にあてはまる(すべてあてはまるわけではない)、が3分の2

ということなので、他のデータともうまくマッチしていることがわかります。

それから、「思い込み」「血液型ステレオタイプ」があるという前提なら、

> 28項目を選ぶ時点では血液型毎に7つずつ取り出していますが、その後の分析では、どの特性がどの血液型のものかなんて気にしていないようです。

というのは、明らかにおかしいことになります。逆に、「バーナム効果」の検証ということなら構いませんが、そうなると元々の実験の意図が説明できません。

失礼しました。
by ABOFAN (2013-08-15 23:38) 

n

>私は、山岡さんの血液型性格特性の28の質問は、あてはまる血液型を伏せて提示しているもののだと思い込んでいました。

それで良いと思いますけど。

・「血液型と対にして質問する」というのは特殊な方法ですから、そうなら当然書かれています。書かれていないなら、やってないということです。
・例の2004年研究に関して、明示的にバーナム効果のバの字も出ていません。
・「分散分析」をしている以上、黙示的にも事前にどの特性がどの血液型か決めた解析ではありません。

そもそも貴方がバーナム効果を気にしているのは、「山岡氏が一般人向けの著書で、他人によるバーナム効果の研究を紹介していたから」という、たったそれだけの理由ですよね? 話題にする意味が分かりませんが。

>>山岡氏のやっている「分散分析」を理解していますか?
>一般的にはそうですが、「バーナム効果」でも「血液型ステレオタイプ」でも、あてはまる血液型を決めないと、意味がありませんが?

「バーナム効果」ならそうかもしれませんね。つまり、そもそも「山岡氏がバーナム効果についての解析をしている」という貴方の前提が誤っているというだけの話です。

>それから、「思い込み」「血液型ステレオタイプ」があるという前提なら、
>>28項目を選ぶ時点では血液型毎に7つずつ取り出していますが、その後の分析では、どの特性がどの血液型のものかなんて気にしていないようです。
>というのは、明らかにおかしいことになります。逆に、「バーナム効果」の検証ということなら構いませんが

8/14の朝には「あらかじめどの特性がどの血液型に対応するのかを決めなくて良いのが分散分析、決める必要があるのがバーナム効果の研究」と正しく認識していたはずですが、1日経過するだけで正反対になっていますよ。思い込みがあるかどうかを分散分析で証明しようとしているのであって、「思い込みがある前提なら分散分析をかけるのはおかしい」は何の事を言っているのか全く分かりません。

何にせよバーナム効果は全く無関係で、今話題にすべきではなかった、ということで。


はい、では私と貴方とで主張が正面から対立している部分に戻りましょう。
貴方の主張は以下の通り。

「高受容群では血液型による差が大きいという山岡氏のデータ」→それは思い込みの存在を示すデータではない。
「特性について知っているほど血液型による差が大きいかどうかを調べた貴方の独自データ」→一目瞭然に相関は存在しない。これで思い込みが"存在しない"ことが証明された。

私の主張は以下の通り。

「高受容群では血液型による差が大きいという山岡氏のデータ」→それは思い込みの存在を直接証明するデータ。
「特性について知っているほど血液型による差が大きいかどうかを調べた貴方の独自データ」→そもそも相関があるように見える。また時代が異なるので山岡氏の結果と多少異なっていても"おかしい"とは言えない。

で、私の貴方のどちらが正しいか、という話です。

まず、2つのデータは手法としては類似しています。「信じているか」と「知っているか」の違いはありますが、どちらも、有意差があれば「思い込み」の存在を示せる手法だと思います。貴方が後者の手法を絶対視しつつ、前者の山岡氏の手法を根本的に無効なものと見なして平然と出来る理由が分かりません。この理由の説明を求めます。

次に、有意差があるというデータは有意差がないというデータよりも強いです。1つのデータでもし差がなくても、「思い込みが存在しない」の証明はできません。ただし、以前から言っているとおり、山岡氏の研究は2004年度の若年女性主体の研究なので、思い込みの効果が特に顕著に見いだされていた可能性はあると思います。

更に、貴方自身が文献を提示したり、違和感を感じたりした通り、血液型本に書かれている事項と、一般人が現に持っている知識は必ずしも一致しないそうです。だとすると血液型本を基準にして「この血液型はこの特性」という正解を作ったり「知っている割合」を出したりして行った貴方の分析は、全くの無効ではないにせよ、そもそも手法として疑問符がつきます。一部は「エラーとして除外」とかの恣意的操作を無理矢理加えたようですが、残りにだって同様の欠陥があります。(なお(5)で貴方は渡邊氏の研究自体が不適切であるかのように述べていますが、渡邊氏自体はプロトタイプとイグゼンブラを厳密に区別できています。貴方が不用意にプロトタイプ側を正解として採用して計算してしまったに過ぎないのでは。)その点、山岡氏のデータは28の質問項目自体は不変ですが、分散分析で行われており、血液型本ではなくその当時の一般人が現に持っている認識(渡邊氏の用語でいえば『通説判断』)のみが、ダイレクトに反映されます。

以上の理由から、私は山岡氏の「思い込みがある」という結果の方を信頼すべきと考えます。
by n (2013-08-16 07:34) 

ABOFAN

ご返事ありがとうございます。

> ・「血液型と対にして質問する」というのは特殊な方法ですから、そうなら当然書かれています。書かれていないなら、やってないということです。

そうですね。

> ・例の2004年研究に関して、明示的にバーナム効果のバの字も出ていません。

論文のことを言っているのではありません。
繰り返しますが、2001年の山岡さんの著書『ダメな大人にならないための心理学』には、
-----
高受容群は自らの性格傾向を血液型ステレオタイプ[注:B型はマイペース、AB型は二重人格...]に当てはめて認知しているのであり、バーナム効果が働いていると言えます。
-----
とあります。
それだけではなく、山岡さんの2005年の論文を取り上げた「週刊ダイヤモンド」(2008年11月8日号 使える心理学)にも、
-----
心理学では、誰にでもあてはまりそうな当たり障りのない文章を「あなたの性格的特徴」としてみせると、自分にあてはまってしまうと感じてしまうことを“バーナム効果”というが、血液型による性格診断にはまさに「バーナム効果」が働いているのだ。
-----
そして、そのすぐ後に、
-----
山岡講師の著書『ダメな大人にならないための心理学』によれば…
1365人を対象にした05年の調査でも…
-----
とありますから、山岡さんの論文は「バーナム効果が働いている」ということになります。
nさんもご存じのように、普通はこの手の記事は山岡さんがチェックするはずですから、山岡さん自身もそう考えていることは明らかです。
#もっとも、2005年の論文でなぜ「バーナム効果」に触れなかったのはわかりません。

さて、今回はだいぶん混乱されているように見受けられます。

>>それから、「思い込み」「血液型ステレオタイプ」があるという前提なら、
>>>28項目を選ぶ時点では血液型毎に7つずつ取り出していますが、その後の分析では、どの特性がどの血液型のものかなんて気にしていないようです。
>>というのは、明らかにおかしいことになります。逆に、「バーナム効果」の検証ということなら構いませんが
> 8/14の朝には「あらかじめどの特性がどの血液型に対応するのかを決めなくて良いのが分散分析、決める必要があるのがバーナム効果の研究」と正しく認識していたはずですが、1日経過するだけで正反対になっていますよ。思い込みがあるかどうかを分散分析で証明しようとしているのであって、「思い込みがある前提なら分散分析をかけるのはおかしい」は何の事を言っているのか全く分かりません。

ひょっとして、「血液型ステレオタイプ」を読み落としているのでしょうか?
「A型は几帳面」に分散分析をかけて有意差が出ても、「B型が几帳面」という結果なら意味がありませんよね(笑)。
そういう意味です。

> どちらも、有意差があれば「思い込み」の存在を示せる手法だと思います。

いいえ、違います。
例えば、「低受容群」は(人の性格や血液型に)ドンカンだから差が小さい(笑)、としてもデータ的には何も矛盾しません。
現に、男女差でも2割は差に否定的な結果が得られていますし、男女差がないデータはいくらでもあります。
#官能検査のことを考えてみてください。

あるいは、私が言うように、「低受容群」は元々小さな差があり、「高受容群」はこの差に気がつくことによって、回答率の差が大きくなる、としても特に矛盾しません。

ということで、「低受容群」「高受容群」を比較するだけでは何も言えないはずです。

また、プロトタイプとイグゼンブラは、マイナーな特性ならともかく、「有名な特性」[注:B型はマイペース、AB型は二重人格...]ならほぼ一致するはずです。
#これは、データでも裏付けられています。

従って、nさんのおっしゃるように、「思い込み」ということなら、このエントリーのグラフは相関係数が0.08では小さすぎて、渡邊さんの血液型特性が間違っているとでも考えない限り、説明できないことになります。

例えば、「人がよくて人間味がある」はO型のプロトタイプで正解率は50%以上です。従って、エグセンプラでもあるはずですが、回答には有意差はありません。つまり「思い込み」はないという結果になります。
この調子で、正解率は50%以上(=プロトタイかつプエグゼンプラ)の質問でも、有意差が出る項目と出ない項目がほぼ半々ですので、どう考えても「思い込み」だけで差は説明できません。

あるいは、渡邊さんの山岡さんの研究には6年半ありますから、その間にプロトタイプ/エグゼンプラが大幅に変化したという可能性もあります。しかし、2005年の山岡さんの調査で差が出た12項目は、1992年の渡邊さんの全く別の特性に「マインドコントロール」されてしまったのでしょうか?(笑)
これも、山岡さんの1999年と1999年-2009年はほぼ同じ傾向ですから否定されます。
どっちにしろ、「思い込み」だけで差を説明するのは不可能、というのが妥当な結論かと思いますが。

by ABOFAN (2013-08-16 21:07) 

n

>山岡さんの論文は「バーナム効果が働いている」ということになります

その文脈の「バーナム効果」って、「事前にテレビや本で得られた情報をもとに、アンケートの差が生じている」という事であり、もはや我々が使ってきた「思い込み」と同じ意味になっていませんか。

少なくとも山岡氏の2005年の研究は、「血液型と対にして質問する」とか「A型の特性をO型だと偽って見せる」といった、バーナム効果を実験的に直接実証するための試験デザインではないのですよね。

>「A型は几帳面」に分散分析をかけて有意差が出ても、「B型が几帳面」という結果なら意味がありませんよね(笑)。そういう意味です。


「"A型は几帳面"に分散分析をかける」の意味が分かりません。分散分析なので「几帳面という特性が血液型によって異なるか」という結果しか出ません。山岡氏のやったことが「血液型と対にして質問」といったものでない以上、分散分析で「A型が几帳面」と出ようと「B型が几帳面」と出ようと、同様に意味があると思いますが。

そもそも、「自己中」のように、「本にはO型とあるけど世間ではB型の特性と思われており、実際にB型でスコアが高い」のような事象が、現にかなりあったのですよね。本に書かれている項目と世間の認識の隔たりは大きいのですよね。だったら、本をベースに基準を決めて解析れば、出るはずの差も出なくなります。分散分析の方が賢いです。

>あるいは、私が言うように、「低受容群」は元々小さな差があり、「高受容群」はこの差に気がつくことによって、回答率の差が大きくなる、としても特に矛盾しません。ということで、「低受容群」「高受容群」を比較するだけでは何も言えないはずです。

山岡氏の研究では、有意差があっても「高受容群だから(思い込みで)"私は几帳面"と答える」なのか、「実際に几帳面な人だから結果として高受容群と答えている」のか、区別できない、という主張でよろしかったでしょうか。

まず、確かに後者の要素がゼロだと断定することは、山岡氏のデータを見ているのみでは不可能だと思います。

しかしこの疑念は、「生来の差」が無くても成り立ちますね。例えば星座による性格診断や六星占術だって「●●座/●●星人の人は几帳面」とメディアでしつこく宣伝されれば、「几帳面な人ほど"信じる"と答える」ということで、見かけの差が生じる現象は起こり得ます。生来の差が無くても構いません。

また、この疑念は、全く同様に貴方の(3)~(5)のグラフにも当てはまると思います。「生来の差がもともとあり、この差に気づいた人間が高受容群になる」といったような貴方の仮説のような現象が本当に顕著に存在するのであれば、ほぼ同様の機序により、(3)~(5)のグラフでも、「生来の差が大きい特性は、より多くの人に気づかれるので、認知度が高くなる」という相関となって見いだされるはずと思います。そのような相関は「ない」のでしたよね。

山岡氏の研究にそこまでの疑念を抱くのであれば、自分の主張にも同様の疑念を持って頂きたいです。

貴方は自分の(3)~(5)のグラフは「思い込み」のみの要素が抽出できる決定的なグラフと考えているようですが、山岡氏を研究をそのように否定しつつ、自分のグラフを無条件に肯定するのは矛盾しています。少なくとも「(3)~(5)で有意差がなくても、思い込みの有無は何ともいえない」となるのではないですか。
by n (2013-08-19 21:49) 

ABOFAN

どうもありがとうございます。

>>山岡さんの論文は「バーナム効果が働いている」ということになります
> その文脈の「バーナム効果」って、「事前にテレビや本で得られた情報をもとに、アンケートの差が生じている」という事であり、もはや我々が使ってきた「思い込み」と同じ意味になっていませんか。

まあ、そういうことだと思います。
つまり、山岡さんも「週刊ダイヤモンド」の記事も、バーナム効果の内容を誤解しているのです。
「週刊ダイヤモンド」の記者は、心理学の素人なのでまだ許せるとして、心理学者が間違っているのは…と(苦笑)。

> 山岡氏のやったことが「血液型と対にして質問」といったものでない以上、分散分析で「A型が几帳面」と出ようと「B型が几帳面」と出ようと、同様に意味があると思いますが。

バーナム効果ならともかくとして、「思い込み」に単純に分散分析を使ったのではダメということです。
どの血液型に対する「思い込み」なのか確認しないと意味がありません。

> 「本にはO型とあるけど世間ではB型の特性と思われており、実際にB型でスコアが高い」のような事象が、現にかなりあったのですよね。

おっしゃるとおりです。つまり、自己認知の性格は「プロトタイプ」の影響ではなく「イグゼンプラ」、あるいは渡邊さんの「プロトタイプ」が間違っていた、ということです。

> 本に書かれている項目と世間の認識の隔たりは大きいのですよね。だったら、本をベースに基準を決めて解析れば、出るはずの差も出なくなります。分散分析の方が賢いです。

本気ですか?
それなら、テレビや本の影響は関係なくなりますが?
山岡さんのデータを素直に見ると、テレビや本でやってなくとも差が出ているということになります。
#そんな私に有利なことを書いていいのでしょうか(笑)。

> 山岡氏の研究では、有意差があっても「高受容群だから(思い込みで)"私は几帳面"と答える」なのか、「実際に几帳面な人だから結果として高受容群と答えている」のか、区別できない、という主張でよろしかったでしょうか。

おっしゃるとおりです。

> しかしこの疑念は、「生来の差」が無くても成り立ちますね。例えば星座による性格診断や六星占術だって「●●座/●●星人の人は几帳面」とメディアでしつこく宣伝されれば、「几帳面な人ほど"信じる"と答える」ということで、見かけの差が生じる現象は起こり得ます。生来の差が無くても構いません。

占星術は別の結果が出ています。
アイゼンクの『占星術~科学か迷信か~』は読まれましたか?
一言で言えば、「高受容群」と「低受容群」は差が小さく、「中受容群」で差が最も大きいというものです。
同じことが血液型に当てはまるとは思えません。

> 「生来の差が大きい特性は、より多くの人に気づかれるので、認知度が高くなる」という相関となって見いだされるはずと思います。そのような相関は「ない」のでしたよね。

nさんのおっしゃる「生来の差」の定義が明確にならない以上、この仮説が正しいかどうか検証しようがありません。
が、文章の主旨からして、おそらく渡邊さんの「プロトタイプ」が「生来の差」という定義かと思います。
おっしゃるとおり、「プロトタイプ」と性格は思ったほどの相関がない、というのが渡邊さんや山岡さんのデータから導かれる結果です(山岡さんには申し訳ありませんが…)。

しかし、私の説は
その6
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-10]
に書いたとおり、「イグゼンプラ」と相関が高いというものです。
有効なデータはかなり限られますが、少なくとも「イグゼンプラ」と相関が高いことは検証されていると思いますが?

また、テレビや本の「プロトタイプ」がどの程度浸透しているかというと、これも思ったより浸透していないわけです。これは「プロトタイプ」とは思ったほどの相関がない事実とも合致します。

従って、血液型によるデータの差を「プロトタイプ」だけで説明するのは無理があり、「イグゼンプラ」と相関があるとする方が現実にマッチします。
元々「イグゼンプラ」は、性格の自己認知の結果ですから、自己認知が間違っているとでもしない限り、「本当の差」ということになります。

と、ここまで書いて、やはり渡邊さんは天才だ!とまたまた感心してしまいました。
だから、彼女は血液型にかかわらなくなっちゃったんですね。
非常に残念です。

by ABOFAN (2013-08-20 22:13) 

ABOFAN

追加です。

渡邊席子さんの論文を素直に読む限り、

・「高受容群」は差が大きい
・「中受容群」は明確なデータがないが、「高受容群」より差が小さいと推測される
・「低受容群」は、通説と正の相関があるが「高受容群」よりずっと差が小さい(数分の1?)

ということになります。

やはり、占星術とは別の結果が出ているようです。

by ABOFAN (2013-08-21 20:02) 

n

>バーナム効果ならともかくとして、「思い込み」に単純に分散分析を使ったのではダメということです。どの血液型に対する「思い込み」なのか確認しないと意味がありません。

これは例えば、「世の中でA型は几帳面と言われているのに、もしB型の方が几帳面と答える人が多いという結果が出た場合、そんなものが"思い込み"のせいであるわけがない」という意味ですよね。

しかし、その論法を成立させるためには「世の中でこの血液型はこうだとされている」という、信頼に足る基準作りが要るわけです。そしてその基準作りが実際にはとても困難なわけです。少なくとも貴方がやったように「本」をソースにその基準を決めてグラフを作るのは、非常にまずい手法ではないですか? 私はそういう話をしています。

例えば、「本ではO型は自己中と書かれているが、B型の方が自己中と答える割合が高い」という結果が出た場合、貴方の解析では、それを「思い込みを反映していない無効なエラー」として処理してしまいます。しかし、本が世間の認識と異なっていただけで、この結果は「B型は自己中」という世間一般の"思い込み"をちゃんと反映している貴重な結果かもしれないわけです。これは分散分析なら正しく検出出来ます。

もしも誰もが納得できるレベルで「一般人は平均として、この血液型はこうだと思っている」という客観的な基準が作れるなら、分散分析の代わりにそれを使うのも良いかもしれません。たしか坂元氏の研究がその方針でした。アンケート項目自体は血液型本から抽出したものではありませんが、ちゃんと予備調査を行い、世間一般の平均で、どの血液型がどの特質に対応するのか、Type 1~4で分けていました。

しかしそういう客観的に信頼に足る基準がない場合の次善策は「分散分析」です。「血液型本を基準にする」ではありません。事前の基準など一切なしに「B型は自己中」という傾向さえ正しく検出できるなら、それで足りるわけです。

>本気ですか?それなら、テレビや本の影響は関係なくなりますが?山岡さんのデータを素直に見ると、テレビや本でやってなくとも差が出ているということになります。#そんな私に有利なことを書いていいのでしょうか(笑)。

私は「昔の血液型本を基準(正解)に定めて思い込みの統計解析をするな」と言ってはいますが、「本の影響はない」なんてことは言ってませんよ。時代が変わると世間一般の血液型と性格との認識が変わる、という話は、山岡氏自身がされてましたね。「本やマスコミの影響がどっちの方向か」を客観的手法で決めるのは面倒ですが、「どっちの方向であれ、本やマスコミの影響が大きいか」ということ自体は分散分析で明らかに出来ます。

>nさんのおっしゃる「生来の差」の定義が明確にならない以上、この仮説が正しいかどうか検証しようがありません。が、文章の主旨からして、おそらく渡邊さんの「プロトタイプ」が「生来の差」という定義かと思います。

いいえ。「プロトタイプ」は後天的にマスコミ等を通じて外部から与えられる情報のことです。「生来の差」は遺伝等の生物学的理由で、生まれついて、先天的に生じる差です。全く異なります。

>占星術は別の結果が出ています。

念のためですが、ABOFANさんは占星術を迷信と考えているのですか、それとも本当に生まれた星によって先天的に性格なり運命なりが決定づけられていると考えているのですか?

>しかし、私の説は(略)「イグゼンプラ」と相関が高いというものです。有効なデータはかなり限られますが、少なくとも「イグゼンプラ」と相関が高いことは検証されていると思いますが?

そうですね。というかそれ、2013-8-7に元々私が主張していた内容です(^^;)

ただしその時にも書きましたが、「イグゼンプラ」と相関が高いということは、即ち「思い込み」の影響が強いことを示しています。その点は貴方がまだ誤読しているのだと思います。

イグゼンプラとは「特定の個人の血液型と性格特性についての情報」です。世の中には「B型は几帳面」「A型は自己中」といった、(世間一般に流布している情報、つまりプロトタイプとは異なった)認識を持っている人が一定数います。そのありのままの、当人の血液型性格診断に対する知識/理解が、「イグゼンプラ」です。

そのイグゼンプラと、本人の自己申告する性格とは良く相関する一方で、プロトタイプ(世間一般に流布している情報)との相関は乏しい。それがどういうことだかわかりますか? 「生まれついての先天的差が本当にある」のではなく、「本人が"自分の血液型ならこれ"と思い込んでいるから、その個々人のイメージに従って、その通り答えているのに過ぎない」という可能性が高いわけです。

「A型は自己中だと世の中では認識されている」と、ある意味でズレた知識を持っているA型の人は、自分のことを「自己中」と答える傾向が高いわけです。そういった類のものは、「生来の差」ではなくて「思い込み」なのでしょう。

渡邊氏の論文は、そんなわけで、全体に「思い込み」を肯定する内容です。渡邊氏の論文が興味深いとは私も思いますけど、日本語の正しい読解はちゃんとできた上での評価でないと…。
by n (2013-08-23 03:00) 

ABOFAN

う~ん、こうなるとnさんの説は検証しようがありませんね。

テレビの影響かどうかはわからないのに、差が出ているのはテレビの影響のはずだ、ということになります。
もし、テレビの影響だということなら、2004年の(影響がありそうな)テレビで放映していた血液型の特性と、現実の2004年のデータにその差が現れていないとダメなはずです。
が、その具体的なデータは不明です。

また、山岡さんの論文には、
-----
山岡(1999)の熟知度・確信度と比較すると2005 年の方が熟知度・確信度ともに高くなっていた(熟知度:.876,df=2660,p<.001;確信度:t=3.336,df=2660,p<.005)。やはり2004 年度に放送された大量のTV番組が血液型
性格診断の知識を普及させ、それが正しいと信じる人間を増大させたのである。
-----
とありますが、逆に高受容群で差が出た項目は1999年の15項目から11項目へと減っています。大差はないと考えてもいいかもしれません。

高受容群の有意差が出た項目数
1999年 15項目(n=649 全体1300)
2004-2005年 11項目 (n=795 全体1362)

つまり、熟知度・確信度が高くなっても、差に変化はないのですから、「思い込み」説にとっては、かなり不利な展開になります。

by ABOFAN (2013-08-23 07:28) 

ABOFAN

前回のコメントは、時間不足で説明不足だったので補足しておきます。

> 例えば、「本ではO型は自己中と書かれているが、B型の方が自己中と答える割合が高い」という結果が出た場合、貴方の解析では、それを「思い込みを反映していない無効なエラー」として処理してしまいます。しかし、本が世間の認識と異なっていただけで、この結果は「B型は自己中」という世間一般の"思い込み"をちゃんと反映している貴重な結果かもしれないわけです。これは分散分析なら正しく検出出来ます。

繰り返しになりますが、これでは、分散分析の差が「生来の差」なのか「思い込み」なのか、検証しようがありませんよ?
差が生じたのは「思い込み」だけによるもので、「生来の差」ではない、という論証はどうするのでしょうか?

> 「生来の差」は遺伝等の生物学的理由で、生まれついて、先天的に生じる差です。全く異なります。

わかりました。

> 念のためですが、ABOFANさんは占星術を迷信と考えているのですか、それとも本当に生まれた星によって先天的に性格なり運命なりが決定づけられていると考えているのですか?

もちろん、迷信と考えています。
もっとも、予備知識はないので、自分にあてはまるなら信じちゃうかもしれません。
と思って、改めて占星術の本を読み直してみましたが、さっぱり当てはまってないので信じません(笑)。

>>しかし、私の説は(略)「イグゼンプラ」と相関が高いというものです。有効なデータはかなり限られますが、少なくとも「イグゼンプラ」と相関が高いことは検証されていると思いますが?
>そうですね。というかそれ、2013-8-7に元々私が主張していた内容です(^^;)

この部分でしょうか?

--------
>「自分の血液型に当てはまるもの」 と判断した性格特性については、その特性が通説[注:テレビや血液型本]によって本人のものとされているか否かに関係なく、調査対象者はその特性がよりよく自分に当てはまっていると思っていることになる。
>【出典】渡邊席子 血液型ステレオタイプ形成におけるプロトタイプとイグゼンブラの役割

彼女の用語でいうところの「通説よりも通説判断によく相関する」の部分ですね。

これは、例えば「(テレビや本による通説と異なり)知識問題で"O型は二重人格の特徴"だと答えたO型の人は、そうでない人より、自分の事を二重人格と答える傾向が高い」という意味です。つまり「性格は、客観的な血液型本の記載と関連しているというよりも、《★型はこうだとされている》という本人のイメージの方に、より強く関連している」という研究です。むしろ「思い込み」の影響が強く存在することを主張しているようにしか思えませんが。

by n (2013-08-07 01:25)
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このコメントの最初に書いたとおり、nさんの説では、「イクゼンプラ」が、「生来の差」なのか「思い込み」なのか、検証しようがありません。

仮に、「イクゼンプラ」が「思い込み」とするなら、

1. 大部分の日本人の性格の自己認知は、血液型の「思い込み」によるバイアスに左右されるので正しくない
2. 従って、大部分の日本人では、質問紙法の性格検査の結果(=性格の自己認知)は血液型のバイアスにより(正しくないから)必ず(分散分析などで)差が出る
3. 逆に、(分散分析などで)差が出ない性格検査は間違っている(あるいは分析結果が間違っている)
4. 以上のことより、NATROMさんやきくちさんは(分散分析などで)差が出ない(=無視できるほど小さい)といっているので、明らかに間違いである

ということになりますが、本当にいいんでしょうか?(笑)

こんな“検証不能”な説を考えるなら、素直に「イクゼンプラ」が「生来の差」と考えた方が、はるかにすっきりすると思うんですが?

by ABOFAN (2013-08-24 09:35) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するって、意味があるんですか?
by ソボクナギモン (2013-08-26 01:37) 

ABOFAN


> 有意差があった項目の数を比較するって、意味があるんですか?

高受容群の有意差が出た項目数
1999年 15項目(n=649 全体1300)
2004-2005年 11項目 (n=795 全体1362)

ですので、2004-2005年は1999年より高受容群の人数が増えているにもかかわらず、有意差が出た項目数が減っています。
これはどういうことかというと、高受容群では血液型による差が「減った」ということです。
テレビの影響が大きいなら、逆に大幅に増えないといけませんが、事実は逆なのです。
つまり、山岡さんやnさんの分析とは逆に、テレビの影響は無視していいほど小さいということになります。

あるいは、全体のサンプル数はほぼ変わらないので、全体の差は変わらないが、高受容群の割合が増えたので、見かけ上高受容群の差が減ったのかもしれません。
となると、テレビは確信度・認知度を高くしたただけで、血液型による差そのものには影響を与えないということになります。

どっちにせよ、山岡さんとnさんの「テレビの影響が大きい」という仮説は否定されます。

by ABOFAN (2013-08-26 07:00) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するって、統計学的に意味があるんですか?
by ソボクナギモン (2013-08-28 01:31) 

n

>繰り返しになりますが、これでは、分散分析の差が「生来の差」なのか「思い込み」なのか、検証しようがありませんよ?差が生じたのは「思い込み」だけによるもので、「生来の差」ではない、という論証はどうするのでしょうか?

どういう反論でしょう。
1つの分散分析をしただけで、「生来の差」か「思い込みか」を区別するのは当然不可能です。区別したければ、一工夫が必要です。で、貴方が提示した研究は、みんなその「一工夫」をやってますよね。

●山岡氏は「低受容群」「高受容群」あるいはテレビ番組「低享受群」「高享受群」に分けて分散分析を繰り返し、それぞれ後者で分散分析で差が出る性格特質の数が圧倒的に多いことを示しました。これを「思い込み」なしで説明するのは非常に苦しく、普通は「思い込み」を強く支持する結果です。
●坂元氏は毎年同じアンケート調査をとり続け、血液型診断がブームになった年を境に、突然血液型による性格差が有意に出るようになったことを示しました。しかも回答は、年々、それぞれの血液型における「世間一般の血液型認識」に近づいていっているのでしたっけ。それは遺伝や生物学的要因では説明が付きません。「思い込み」を支持する結果です。
●渡邊氏は「通説」と「(個人の)通説判断」に大きな違いがあることを明らかにしつつ、個人の性格がよく相関するのは「通説」ではなく「通説判断」の方であると示しました。前回述べた通り、これは「思い込み」を支持する結果です。
●「バーナム効果」は、それはもう直接的に「思い込み」の存在を証明できる介入的実験ですよね。

みんなやり方は違いますが、これらの論文を虚心に読んで、結果「思い込みが無いことが証明された」という読解を導き出せる理由がさっぱり分かりません。むしろ「世間で言われている血液型の差は、すべて思い込みだけで説明可能である」で良いと思いますけど。

山岡氏のについては主張が錯綜したため補足をしておきます。山岡氏の「高受容群ほど、血液型による差が大きい」という論法は、「知名度が高いほど、血液型による差が大きい」かどうかを示そうと試みた貴方の(3)~(5)の論法と殆ど同じです。しかも貴方はいったんはこの種の論法を「思い込みの有無を直接的に示せる手法」として大々的に強調していました。私はこういった論法自体は有効だと思いますし、ちゃんと明らかな差があるなら(一点の疑念の余地無く証明することは無理でも)「思い込み」の存在を示す「強い証拠」くらいには考えて良いと思っています。

前回などで、山岡氏の論法についてABOFANさんが呈している疑念(高受容群と低受容群に分かれるのは結果であって原因ではない)は、一定の考慮の余地はありますが、そのような現象が顕著に起こるのであれば、同じ論法でABOFANさんのグラフと考察が否定されます。

>素直に「イクゼンプラ」が「生来の差」と考えた方が、はるかにすっきりする

ん? もしかして、「イグゼンプラ」を「性格の自己認知」みたいな意味で使っていませんか?
イグゼンプラについて論文に書いてある定義は「特定の個人の血液型と性格特性についての情報」「あくまでも個人の具体的な経験に基づくもの」(原文ママ)です。かみ砕くと、「自分の経験上、世間一般として○○という特質が何型に当てはまると感じたか」です。「俺の周りのO型は繊細な人が多い気がする」などと本人がありのままに感じた情報が当人にとっての「イグゼンプラ」です(ちなみにイグゼンプラって単に「example」の類語です)。
イグゼンプラは明らかに"後天的経験"で形成されるものです。「イグゼンプラは生来の差」なる主張は、そんな表現自体が全くトンチンカンであり、渡邊氏の論文を日本語として全く読解出来ていない証拠です。(中学生には難しいとは思いますが)高校生レベルの現代文読解力を付けてください。

>以上のことより、NATROMさんやきくちさんは(分散分析などで)差が出ない(=無視できるほど小さい)といっているので、明らかに間違いである

私はNATROMさんがこの件で過去に何を言ってきたか知りませんし、きくちさんについてはそもそも何処のサイトの何者だかすら存じ上げません。ただ、「条件と質問方法によっては血液型による有意差が見いだされる」という点は、私と貴方との間で1ヶ月以上前にとっくに合意済みの話題であり、何故蒸し返しているでしょう。

>逆に高受容群で差が出た項目は1999年の15項目から11項目へと減っています。大差はないと考えてもいいかもしれません

>テレビの影響が大きいなら、逆に大幅に増えないといけませんが

山岡氏は「高受容群の割合自体が増えた」ことをもって「マスコミの影響が大きい」と主張しているのです。貴方もそのデータ自体は認めているようですが。
一方、その「高受容群」の中でどんな経時変化があったかなんて、(貴方以外の)誰も何も述べていません。勝手な拡大解釈はダメですよ。
だいたいテレビの影響があると有意に出る項目数が増えるべき、というのも正しくありません。「知識もなく"信じる"と答える"にわか"ファンが相対的に増えた」とか、「当時のマスコミは実は番組毎にバラバラな事を言っていた」とか、解釈は色々考えられます。

なんかこう、話題を変えたり曲解したり無関係なデータを持ち出したりしてばかりで、話題がループしますね。そもそも最近の「思い込みがない」という貴方の主張は、最初にNATROMの日記で私に話しかけてきた時の主張と正反対なんですけど、それに対しての言い訳はまだですか? あれ以降しばらく、貴方はどう見ても「自己成就効果は当然ある」という立場だったと思うのですが。
by n (2013-08-28 02:06) 

ABOFAN

ソボクナギモンさん、

> 有意差があった項目の数を比較するって、統計学的に意味があるんですか?

ちきりんさん曰く、じぶんのアタマで考えよう、です。
教科書に書いてないのだから、統計学的に意味があるかどうか、まずは自分の頭で考えてみてください。疑問があれば、コメントしたり質問すれぱいいでしょう。

-----

nさん、

申し訳ありませんが、爆笑してしまいました。
いやはや、相当混乱されているようですね。

例えば、

> 坂元氏は毎年同じアンケート調査をとり続け、血液型診断がブームになった年を境に、突然血液型による性格差が有意に出るようになったことを示しました。しかも回答は、年々、それぞれの血液型における「世間一般の血液型認識」に近づいていっているのでしたっけ。それは遺伝や生物学的要因では説明が付きません。「思い込み」を支持する結果です。

ところが、直後に全く正反対の記述があります。

> だいたいテレビの影響があると有意に出る項目数が増えるべき、というのも正しくありません。「知識もなく"信じる"と答える"にわか"ファンが相対的に増えた」とか、「当時のマスコミは実は番組毎にバラバラな事を言っていた」とか、解釈は色々考えられます。

大丈夫ですか?
それとも、ブームの内容(?)によって、差が出たり出なかったりするんでしょうか?
となると、「思い込み」があるかどうかと統計的な差は無関係なんですか?
あるいは、差が出るブームかどうか、見分ける方法があるんですか?

> イグゼンプラは明らかに"後天的経験"で形成されるものです。「イグゼンプラは生来の差」なる主張は、そんな表現自体が全くトンチンカンであり、渡邊氏の論文を日本語として全く読解出来ていない証拠です。(中学生には難しいとは思いますが)高校生レベルの現代文読解力を付けてください。

「イグゼンプラ」は、自分の血液型のことなら、血液型と性格の知識のあるなしに関係なく、性格の「自己認知」によって形成される、ということでいいか思います。
となると、この「自己認知」が正しく(個人ではなく血液型ごとのグループでの比較なら)それは「生来の差」ということになります。
仮に、nさんのおっしゃるように、「生来の差」でないということなら(「思い込み」の影響によって)「自己認知」が間違っていることになります。
そして、「自己認知」が間違っているとするなら、元々のデータが信用できないということですから、nさんのおっしゃる統計自身が否定されることになります。

こうなると、もう笑うしかありません。

> 「条件と質問方法によっては血液型による有意差が見いだされる」という点は、私と貴方との間で1ヶ月以上前にとっくに合意済みの話題であり、何故蒸し返しているでしょう。

ありがとうございます。

> 貴方はどう見ても「自己成就効果は当然ある」という立場だったと思うのですが。

ひょっとして、理解したくないのでしょうか?
念のため、

4. 否定論者のいう意味での「思い込み」は存在しない
5. しかし、「関係がある」(全体の約7割)と思う人が血液型別の性格の差に気付くことによって、見かけ上の(回答率の)差は大きくなる(「関係がない」と思う人の数倍?)
6. 従って、そういう意味なら「思い込み」は存在する
血液型と性格の常識(6)
[http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2013-08-10]

ということで、nさんは本気で書いてますか?

話は変わりますが、ここで、山本七平さんのいう「なるなる論」を思い出しました。
それは、昔々のことですが、大学で火事があったら消防を構内に入れていいか、という問題です。
あまりにも馬鹿馬鹿しい話ですが、学生運動が華やかなりしときは、大学の自治が侵害されるから「ダメ」だったそうです(笑)。
というのは、大学で火事があったら消防を構内に入れていいということになると、何かあったら警察も構内に入れていいという話になり、結局大学の自治が侵害される(のだそうです・笑)。
これを逆にたどると、大学の自治を保つには、火事があっても消防を構内に入れてはいけない…のだそうです(本当かどうかは知りません・笑)。

統計がどうだろうが、血液型と性格に関係があると認めてはいけない。というのは、“科学”の自由が侵害されるから「ダメ」ということなんでしょうか?(笑)

まぁ、半分以上は冗談ですが。

by ABOFAN (2013-08-28 22:23) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するって、統計学的に意味があると考えているんですか?
by ソボクナギモン (2013-08-29 01:50) 

ABOFAN

> 有意差があった項目の数を比較するって、統計学的に意味があると考えているんですか?

意味がわかりません。
が、おそらく、「有意差があった項目の数を比較する」なんて統計学の教科書には載っていないと思います。
だから、自分のアタマで考えよう、です。
教科書に載ってないから間違いだ、とでもいうなら別ですが。
それなら、科学上の新発見は、すべて教科書に載ってないから間違いだ、ということになります(笑)。

by ABOFAN (2013-08-29 07:09) 

ソボクナギモン

ABOFANさんは、有意差があった項目の数を比較するというやり方が、間違いではないと考えているんですか?
by ソボクナギモン (2013-08-30 00:46) 

ABOFAN

> ABOFANさんは、有意差があった項目の数を比較するというやり方が、間違いではないと考えているんですか?

いちゃもんつけ太郎さんとの議論で懲りたので、私の考えは最初にはお答えしません(苦笑)。
疑問があればソボクナギモンさん自身の考えを明らかにしてから質問をお願いします。
ちなみに、nさんは、前回のコメントから判断する限り「間違いではないと考えている」と思います。

by ABOFAN (2013-08-30 06:56) 

いちゃもんつけ太郎

>いちゃもんつけ太郎さんとの議論で懲りたので、

「議論」を「会話」あるいは「やりとり」に訂正してください。

>私の考えは最初にはお答えしません(苦笑)。

これが一番の誤りで、最初に率直に述べるのが最もよいと思いますよ。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-08-30 08:28) 

ソボクナギモン

ABOFANさんは、後出しじゃんけんがお好きなんですね。
by ソボクナギモン (2013-09-01 01:26) 

ABOFAN

いちゃもんつけ太郎さん、
まあ、それは定義の違いでしょう…。

-----

ソボクナギモンさん、
いやぁ、否定論論者の方々ほどではありません(笑)。



by ABOFAN (2013-09-01 06:30) 

ソボクナギモン

先出しで否定するのは不可能でしょ。
by ソボクナギモン (2013-09-01 08:56) 

ABOFAN

> 先出しで否定するのは不可能でしょ。

では、後出しで(笑)。
実際の文献を読んでみてください。
by ABOFAN (2013-09-01 12:11) 

ソボクナギモン

肯定するにも後出しじゃなきゃ無理。
ソボクナギモンの素朴な疑問は文献関係ないし。
by ソボクナギモン (2013-09-02 00:37) 

ABOFAN

そう言わずに読んでみてください。
by ABOFAN (2013-09-02 07:05) 

ABOFAN

nさんがなかなか来ませんね。
忙しいのかな?

by ABOFAN (2013-09-02 19:56) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するってのは、ABOFANさんが自分のアタマで考えた方法なんですか?
by ソボクナギモン (2013-09-03 01:44) 

ABOFAN

そのつもりですが、他にやっている人がいるかもしれません。

by ABOFAN (2013-09-03 06:59) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法に関して、読むべき文献はないということですね。
わかりました。
by ソボクナギモン (2013-09-04 02:05) 

ABOFAN

> 読むべき文献はないということですね。

検定力の本とかはどうでしょうか?
by ABOFAN (2013-09-04 07:10) 

いちゃもんつけ太郎

>いちゃもんつけ太郎さん、
>まあ、それは定義の違いでしょう…。

そう仰るなら定義を述べるかあるいは件の書き込みから私の名前を削除してください。
意味がわからない言葉の横に自分の名前が並べられるのは不快です。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-08 12:46) 

ABOFAN

>>いちゃもんつけ太郎さん、
>>まあ、それは定義の違いでしょう…。
> そう仰るなら定義を述べるかあるいは件の書き込みから私の名前を削除してください。
> 意味がわからない言葉の横に自分の名前が並べられるのは不快です。

「議論」の定義は国語辞典のとおりです。
「主張」「血液型性格判断」でも定義が違うぐらいだから、特に不思議はないと思いますが?
by ABOFAN (2013-09-08 22:51) 

いちゃもんつけ太郎

>「議論」の定義は国語辞典のとおりです。

どの国語辞典のどの文面を採用しているのか引用してください。

by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-08 23:15) 

ABOFAN

>>「議論」の定義は国語辞典のとおりです。
> どの国語辞典のどの文面を採用しているのか引用してください。

例えば広辞苑で結構です。
もっとも、哲学的な意味なら(いちゃもんつけ太郎さんと同じく)回答を拒否します。

by ABOFAN (2013-09-08 23:41) 

いちゃもんつけ太郎

「議論」という言葉の意味を広辞苑で調べました。

議論: 互いに自分の説を述べあい、論じ合うこと。意見を戦わせること。また、その内容。

やっぱり議論になっていないじゃないですか。
せいぜいのところが議論の準備ですね。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-09 22:18) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法には、検定力が関係してるんですか?
by ソボクナギモン (2013-09-10 01:52) 

ABOFAN

> やっぱり議論になっていないじゃないですか。

それは、ひょっとして、いちゃもんつけ太郎さんにご自分の意見がないということですか?

-----

> 有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法には、検定力が関係してるんですか?

すみませんが、ご自分で調べてから質問をお願いします。

by ABOFAN (2013-09-10 07:19) 

いちゃもんつけ太郎

>それは、ひょっとして、いちゃもんつけ太郎さんにご自分の意見がないということですか?

いいえ。
ABOFAN様の仰ることがまだ説になっていないということです。
どうにか説の体をなすために様々な言葉の定義を伺っているのですが、なかなかまともな返答をいただけないでいます。

by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-10 08:19) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法に検定力が関係してるかどうかについて、ABOFANさんが自ら明示することに何か不都合があるのですか?
by ソボクナギモン (2013-09-10 10:43) 

ABOFAN

>>それは、ひょっとして、いちゃもんつけ太郎さんにご自分の意見がないということですか?
> いいえ。
> ABOFAN様の仰ることがまだ説になっていないということです。
> どうにか説の体をなすために様々な言葉の定義を伺っているのですが、なかなかまともな返答をいただけないでいます。

私の書いたことは、現在では「説」ではなく事実です。
事実を認めないのは、いちゃもんつけ太郎さんの問題であって、私の問題ではありません。
よろしくお願いします。

------

> 有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法に検定力が関係してるかどうかについて、ABOFANさんが自ら明示することに何か不都合があるのですか?

不都合はありません。
まずはご自分で計算して確認してみてはどうでしょうか?
特に難しい話ではないので…。

by ABOFAN (2013-09-10 22:28) 

いちゃもんつけ太郎

>私の書いたことは、現在では「説」ではなく事実です。
>事実を認めないのは、いちゃもんつけ太郎さんの問題であって、私の問題ではありません。

説でないならなおさら議論じゃないじゃないですか。

by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-10 22:52) 

ABOFAN

>>私の書いたことは、現在では「説」ではなく事実です。
>>事実を認めないのは、いちゃもんつけ太郎さんの問題であって、私の問題ではありません。
> 説でないならなおさら議論じゃないじゃないですか。

まさかこうなるとは思いませんでした。
私の書いていることは「事実」だから、いちゃもんつけ太郎さんは間違っているということですか?
別に引っかけで書いたつもりはないんですが。(笑)

by ABOFAN (2013-09-10 23:55) 

いちゃもんつけ太郎

ここでも日本語が通じていない、と。
議論が始まらないどころか会話さえ通じなくなりつつありますね。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-11 00:05) 

ABOFAN

「何故ABOFAN様が投げかけたご質問内の用語の定義を私がお答えする必要があるんですか?」とおっしゃっているので、そもそもいちゃもんつけ太郎さんの質問に私が答える必要はないようです。

どうもお疲れ様でした。
また、何かありましたらよろしくお願いします。

by ABOFAN (2013-09-11 00:20) 

いちゃもんつけ太郎

>「何故ABOFAN様が投げかけたご質問内の用語の定義を私がお答えする必要があるんですか?」とおっしゃっているので、そもそもいちゃもんつけ太郎さんの質問に私が答える必要はないようです。

まあイヤなら無理にとは申しませんが。
それはそれとして、私は「自分の発言には自分で責任を持て」と申し上げたのみで、ABOFAN様の解釈は誤りです。

依然日本語が通じない状態ですね。
一度深呼吸されてたらいかがですか?
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-11 00:31) 

ABOFAN

> まあイヤなら無理にとは申しませんが。
それは私の台詞です。(笑)
by ABOFAN (2013-09-11 00:41) 

いちゃもんつけ太郎

>> まあイヤなら無理にとは申しませんが。
>それは私の台詞です。(笑)

また日本語が通じてないのでしょうか。
とりあえず、議論になっていないという件はもういいですね。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-11 01:01) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法には、不等式以外の計算が必要なんですか?
by ソボクナギモン (2013-09-11 02:34) 

ABOFAN

「何故ABOFAN様が投げかけたご質問内の用語の定義を私がお答えする必要があるんですか?」とおっしゃっているので、議論にならないのは明らかと思いますが?

------

ソボクナギモンさん、どうかまずご自分で計算してみてください。そしして、もしわからないので計算の方法を教えてほしいというなら、そうおっしゃってください。
よろしくお願いします。
by ABOFAN (2013-09-11 07:23) 

いちゃもんつけ太郎

>「何故ABOFAN様が投げかけたご質問内の用語の定義を私がお答えする必要があるんですか?」とおっしゃっているので、

その部分の読み違えは別の所で指摘いたしました。

>議論にならないのは明らかと思いますが?

議論になっていないものを議論と仰ったのはABOFAN様ですよ。
諦めて訂正されたらいかがですか?
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-11 08:13) 

ソボクナギモン

有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法には、調査Aで有意差があった項目数aと調査Bで有意差があった項目数bの大小を比較してa [>or<or=] bの不等式を作ること以外の計算が必要なんですか?
by ソボクナギモン (2013-09-12 01:09) 

ABOFAN

>「何故ABOFAN様が投げかけたご質問内の用語の定義を私がお答えする必要があるんですか?」とおっしゃっているので、

では「統計的に関係ある」も私が回答する必要はないと思いますが。(笑)
いずれにせよ、いちゃもんつけ太郎さんが「回答拒否」ならこれで終了となります。

>>議論にならないのは明らかと思いますが?
> 議論になっていないものを議論と仰ったのはABOFAN様ですよ。

いちゃもんつけ太郎さんによると、私の「説」ではなく「事実」らしいので、それなら「議論」ではなくなります。
これで終了です。

あるいは、私の「説」があるということであれば、いちゃもんつけ太郎さんが「回答拒否」になるまでが「議論」ということにります。。
よろしいですか?

-----

> 有意差があった項目の数を比較するっていうABOFANさん考案の新しい方法には、調査Aで有意差があった項目数aと調査Bで有意差があった項目数bの大小を比較してa [>or<or=] bの不等式を作ること以外の計算が必要なんですか?

それは、その人が納得できるかどうかによるでしょう。
もし納得できないなら、自分で計算するしかないと思いますが?

by ABOFAN (2013-09-12 07:36) 

いちゃもんつけ太郎

>いちゃもんつけ太郎さんによると、私の「説」ではなく「事実」らしいので、それなら「議論」ではなくなります。

それを仰ったのはABOFAN様ご自身で私ではありません。妄想ですか?迷惑ですよ。
ABOFAN様はご自身のご発言を「説」でなく「事実」と思っていて、私はABOFAN様のご発言は「説」の体をなしていないと思っている。
結局議論になっていると思っている人はだれもいなかったという話です。

そういうわけですから、ご自分で訂正してくださいね。
by いちゃもんつけ太郎 (2013-09-12 08:24) 

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